夢小説長いの | ナノ



03


 人生というものはかくも不思議なものである。いつだって、ほんの少しの動作と発言と感情が違えたとき、様々にその姿と結末を変えるのだ。それは絶望に繋がっていたり希望に繋がっていたり、決して同じ顔を見せることは無い。
 ならばあの時あの場所で、あの救いの言葉に肯定の返事さえしなければ、こんな終わりの見えない戦いをしなくとも済んだのではないのだろうか。
 ななしのは今、ひどく後悔していた。同時にそう思ってしまったことへの罪悪感に苛まれ、彼女の夢の中は混濁する。運命が決まったあの瞬間を無意識のうちに脳が再生し出してしまうのだった。

『ああ……やっと、やっと連絡が取れた……! そこにいるのはななしのさんだね!? 希望のカケラは全部集まったかな?』

 背の低い少年が異質な雰囲気を放つ教室で語りかけてくる。彼の姿は赤いモニター越しにあり、はっきりと顔立ちを捉えることはできない。だがななしのの知った声であるそれは彼女を安心させた。

『集まったよ! 超高校級の収集家を甘く見ないでよねっ。……でも』

『わかってる。その……キミが予測不能の事態に巻き込まれてしまったことについては、本当に申し訳ないと思ってる。けど安心して。それさえあれば、もう一度やり直せるんだ! 万が一に備えてQ‐31プログラムを搭載しておいて良かったよ……。あまり時間はない。さあそれに強く願うんだ』

『なんて、願えばいいの?』

 焦っているのか早口で捲し立てる彼の言葉に彼女はもう、従うしかなかった。絶望的状況に立たされていた彼女の足元に薄らと姿を現した希望。例え僅かな可能性でもこんな凄惨で哀しい終わりを迎えることになるくらいなら、もう一度やり直した方がまだ望みはあるかもしれないのだ。彼女はそれに、縋る。
 手のひらの上の電子生徒手帳には輝く希望の花が咲いている。誰よりも先に全員のカケラを集め終えた彼女にのみ表れた、奇跡の結晶であった。

『リセットしたいと、強く願えばいい』

『リセット……やっぱりここはゲームの世界だったんだね。わかったよ、苗木くん。必ず、今度はみんなを連れて帰るから』

 祈るように彼女は目を閉じて、そして願いを込めた。
 この世界をリセットしてもう一度やり直したいという想いを、手のひらの中で小さく咲いた星の花に強く、強く。



 ほの暗く広い部屋の中で、明るく発光しているのは幾つものモニター画面である。小さな電子音が響く中で、その内の一つから聞こえてくるのは人の声だった。モニターに映る幾人もの人物が何やら叫んでいるのである。場所はどうやら公園のようであったが、明らかにその場に似つかわしくない巨大な機械の獣が画面を覆い尽くしていた。
 叫んでいる人物たちは皆、獣たちの中心にいるクマのヌイグルミに視線を向けている。彼らの表情は、拡大して見なくとも恐怖に慄いているであろうことが容易に想像できた。この光景がモニターに映し出されるのは2度目であったのだから。
 この部屋に集うスーツ姿の人物たちは皆一様に黙り込み、目まぐるしく移り変わっていくモニターを見つめていた。しかしその内の一人、霧切が耐えかねたかのように口を開く。

「……もう少し音量を上げてくれないかしら、苗木君」

「う、うん、わかった。……これくらいでどうかな?」

 苗木がモニター付近にある端末を操作すると、モニターから聞こえてくる音が大きくなった。耳障りで不気味な声が広い部屋に木霊する。コロシアイをしろ、と。

「くっ……! 一体どういうことだ、苗木……!? これでは何も変わっていないじゃないか。それにプログラムが改竄された以上、もう希望も何も期待できんぞ。この周で強制シャットダウンを行うべきではないか?」

「待ってよ十神クン! モノクマが仕掛けてきた何かの正体は詳しくわからない……けど、2周目で自殺した彼女が再びリセットされて、3周目を始め生きてるということは……まだ希望はゼロじゃないはずだ。この周で奇跡が起きるかもしれない」

「無理ね。彼女、昏睡してしまったわ。これではもう最初の悲劇を止めることができない。不用意な発言で皆からの信頼も薄れてしまったようだし」

「そんな……。けど、けどななしのさんはっ」

 十神と霧切の意見に言い返す事ができず、苗木は悔しげに表情を歪める。そんな彼を見て2人は呆れたように大きく溜息を吐くのだった。

「やはり彼女には無理だったのよ。あの子はいつも、『一人では何もできないけど』と自分で言っていたじゃない」

「ああ。あいつは未来機関に入れたことが不思議に思えるほど意志の弱い人間だ。無謀にも仲間を助けたい、とほざいて更生プログラムに乱入していったが……結果は見ての通りだ。もう、いいだろう?」

 疑問を投げかける先の視線に有るのは、薄緑色に淡く発行した透明なケースに眠っている少女の体であった。瞼を閉じ死んだように眠っている彼女の意識はあの画面の向こう側、更生プログラムの中に存在している。
 彼女は希望ヶ峰学園第77期生、絶望の残党と呼ばれる罪深き者たちとかつては同じ時間を共有し、学園生活を過ごしていた者であった。彼女は何らかの偶然により絶望に陥ることを免れた、77期生の中における唯一の希望なのである。
 ″超高校級の収集家″。それが彼女の能力であった。あらゆる物を完全収集する事に長けており、金銭的に無理があるもの以外は熱中したもの全て収集してしまうらしい。それはデータからゲーム、生き物まで様々に及ぶ。条約や物理的理由でどうしても手に入らない物は写真や音声などで記録として残しているらしい。
 しかし一つのことに熱中できる以外のところは凡人とさして変わらない。特殊な思考を持ち合わせてもいなければ勉強が特別できるわけでもなく、人の上に立てるようなリーダー性を持ち合わせてもいない。
 彼女が画面の向こう側で日向と狛枝に対し″超高校級の凡人″ですと嘘を答えた点に関しては、あながち間違いではないと十神は思っていた。故に、彼女が彼らの希望に成り得るという可能性は低いと考えてしまうのである。霧切も同様の意見で反発したのであったが、苗木は2人の制止を振り切り彼女をプログラム内へと入れてしまった。
 この件の責任は彼にある。もしこのまま彼女も戻って来ないとなれば、上層部の人間が黙ってはいないだろう。厄介事になることは目に見えていた。

「けど、彼女がいなければQ‐31プログラムが作動する事も無かったんだ。1周目で希望のカケラを全部集められた彼女だからこそ、やり直しができたわけで……」

「そして2周目ではドッキリハウスで自殺……でしょ。いくら避けようの無い檻の中から皆を救出するためとはいえ、浅はかな行動よ。それによって1周目と違う結果は得られたけれど、せいぜい助かったのは花村君と詐欺師の彼と田中君と弐大君くらいだったわね」

「少しでも犠牲者が減ったなら十分じゃないか……!」

「何を甘えたことを言っている? 奴は言っていたじゃないか。……全員を連れて帰る、と。その約束を反故にされたんだぞ! これは遊びじゃない、妥協など許されないんだ……!」

「わ、わかってるよ。……ゴメン」

「けれどおかしいわね。プログラムによればやり直しは一度だけだったはず。彼女を無限のループに閉じ込めたところで、いずれ全員生還という終わりを迎えられてしまうのに、あいつはどうして……」

 例え彼女が無力であれど、学習せずに世界を繰り返すへまなどはしないはずである。仮にも超高校級の人物だ。無限にも近く同じ状況を繰り返せるのであれば、遅かれ早かれ彼ら全員を生かしたまま最後の断罪の地へ導いてくれるだろう。プログラムに気づいていながらそれを許すという敵の意図がまるでわからなかった。

「……彼女が一人で立ち向かうのが困難だというのなら、味方を増やしてあげればいいんだ」

「どうやって? もう起動してしまったプログラムに新たなものを加えるだなんて、どんな悪影響が起きるかわからないわよ? それに、こちらから働きかければ″彼女″に気づかれてしまうわ」

 プログラムは常に起動されている状態にある。これを突然止めてしまえば彼らがどうなってしまうのか、苗木にもわからない。従って休止すらままならないのである。ましてや余計なことをしてしまえば彼らの脳に異常をきたしてしまうやもしれない。敵がこちらの意図を感じ取り、何かとんでもないことを仕掛けてくるかもしれない。そんな状況で、一体どうやって彼女に味方を与えるというのだろうか。

「ウイルスにはウイルスだよ。時間はかかるし可能性にかけるしかないけれど……やってみよう」

「……アルターエゴに、ウイルスを生み出すよう指示するのか? 確かにバグの類なら奴らのプログラムに紛れることも可能かもしれないが、果たして上手くいくかどうか……」

「同感ね。そんな賭けのような真似、賛成しないわ」

 彼らが反対するのも無理はない。人の命がかかっているのである。ただでさえ未来機関に歯向かい、絶望の残党を勝手に隔離してプログラムにかけた身であるのに、これ以上のリスクを負うことはどうしても避けたかった。それは苗木も同じであるはずだ。

「でも、やるんでしょう?」

「……うん。そこに希望が少しでも存在する限り、それを諦めることなんてボクにはできない」

「全く……。とんだ希望マニアだな。あいつには劣るが」

「あはは……。褒め言葉として受け取っておくよ」

 そういって苦笑いする苗木に対してしょうがないといった様子で微笑むと、各々は持ち場に戻り端末の前に設置された椅子に腰かけた。そして苗木の指示に従い端末を操作し始めるのだった。



●つづく。

@2013/11/20
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