夢小説長いの | ナノ



02


 ななしのはすぐに他のみんなと打ち解けていた。聞くところによれば、彼女もまたやはり希望ヶ峰学園に入学する予定の生徒だっだらしく、何故教室にいなかったのかと問えば遅刻してしまったとのことだった。突然姿を現した謎の尽きない存在ではあったものの、だからといって彼女を除け者にしようという気を起こすものは誰一人いなかったのである。
 それもそのはず、彼女は積極的に全員とコミュニケーションを取ろうと行動していた。こんな状況にいながらも明るく、好意的に接してくる彼女を無下にできる者などいない。心なしか彼女がいることで全員の不安が和らいだようであった。

「きゃーっ!? もう、澪田ちゃんやったねぇ……! お返しだよ……えーいっ!」

「うっきゃー! ななこちゃんったら水鉄砲使うなんてェ! 装備パネェっす! こうなりゃ唯吹も本気出すしかないっすね……。いくっすよー……うりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」

「わ、わ、や、やりすぎっ! 前が見えない! 人工ビックウェーブだよそれ!」

 ウサミに用意されたイベントに素直に参加した一同は砂浜で戯れていた。各々が水着に着替えたりそのままの格好で趣味に没頭したりと様々にこの状況を満喫している。日向もしばらくは疑いの眼差しでその光景を眺めていたが、先ほどようやくこの修学旅行を素直に楽しもうという気になったらしい。コテージで着替えるために、遅れつつも一旦場を離れた彼の姿だけはここになかった。
 そんな彼を差し置いて一足先に海に入り水をかけ合って遊んでいたななしのと澪田であったが、羽目を外し過ぎてそれはそれは大きな高波を作ってしまう。勢いよく広がるそれは砂浜で遊んでいた者たちの元へと押し寄せていく。当然、海に入ることを避けて遊んでいた者たちはいきなり襲ってきた大きな波に驚くのであった。

「ふぇぇ!? こっちにまで波が来てますぅ!」

「ちょっとー! 人がせっかく踏もうと思ってたのに……カニさんどっかに流されてっちゃったじゃない!」

「おのれッ! 俺様の築いた城を陥落させるとはッ……計画した参謀はどこにいるッ!?」

 それぞれが不満を口にする中、どう見ても犯人は海水に浸かってびしょ濡れになっているななしのであることは明白であった。

「ええーと、ここっ、わたしと澪田ちゃんでーすっ!」

「てへりんっ! 許してくれっすー! 皆さん、怒りムキムキでいたら海は楽しくないっすよ……? それよりもっとテンション上げて、真夏の海を飲み干しちゃおー!」
「ンフフ……ぼくはキミの体を飲み干したいな……。ゆっくりと、時間をかけてね!」

「ぎゃああーっ! ナチュラルハイパード変態がいるっすー!」

「澪田ちゃん逃げてえええー!」

 少し度が過ぎた発言をする者もいたが、どこからどう見ても学生たちが愉快に過ごす平和でごく自然な光景である。これが夏の醍醐味だとでも体現するかのように彼女たちはこの時間と空間を堪能していたのだった。
 そこへ準備が遅れた日向がようやく現れる。息を切らせながら走って来た彼は砂浜を駆けて声を上げた。

「おいおい、待ってくれってー! 俺も混ぜてくれよー!」

「あ……日向くん」

 見てはいけないものでも見たかのように、彼の声を聞いて振り向くや否やななしのは辛そうに顔を歪めた。

「ななしの? なんだよ、俺がいちゃまずい……って、あれ?」

 そこにいた者は皆一様に彼の発した言葉と同等の声を漏らしていた。あまりに唐突な出来事に戸惑いを隠せなかったのである。彼らが困惑してしまうのも当然だ。先ほどまで煌々と輝いていた太陽は姿を眩ませ、爽快なる青に染まっていたはずの空は灰色に薄暗く陰り、浅葱色に澄んでいた海はいつの間にか墨を混ぜたかのように黒く濁っていたのだから。

「こんな曇り方……いくらなんでも不自然だろ……! おい、お前は一体何をしたんだ!」

 砂浜で驚愕の表情を浮かべぶるぶると震えているウサミを彼は怒鳴りつける。晴れていた間は楽しそうに嬉しそうに皆の様子を見てらーぶらーぶと言っていた彼女だったが、その様子は今や見る影もない。

「あ、あわ、あわわわ……。あちしにも何が何やら……! な、なんでちゅかこれぇえええええっ!?」

「……は?」

 何もしていない、こんなのはありえないと言葉を紡ぐ彼女に日向は訝しげな視線を向ける他なかった。彼女以外、誰がこの状況を造り出せるというのだろうか。鶏を牛にする術を使える彼女以外このような大それたことができる者を日向は、そしてここにいる全員も、知らないのである。
 ただうろたえるウサミに視線が集まる中、″それ″は突然始まりを告げた。砂嵐の耳障りな音から始まる、ヤシの木に取りつけられたモニターに映し出される曖昧な映像と音声。不気味さと悪意を孕んだ能天気な声は、彼らにジャバウォック公園に集合するよう命令する。
 唯一これが一体どういうことなのかを理解していそうなウサミは、あちしがなんとかしないととステッキを構えて猛スピードで公園へ向かってしまった。
 呆然とし行動できずにいた皆の中、最初に動いたのは波しぶきをかき分けて砂浜へと足を運ぶななしのだった。彼女は水着から普段着に着替えるべく早々にその場を後にして自らのコテージへと歩んでいく。動揺のかけらもなく静かに小さくなっていくその背を、日向はただ目で追うことしかできなかった。
 彼がようやく我に返り公園へ向かおうという思考に至れたのは、真面目な顔をして話しかけてきた十神のドスドスという足音が聞こえてからのことである。



 公園で待っていたのは彼らを絶望へ陥れる、悪魔の言葉を放つクマのヌイグルミであった。モノクマと名乗る黒い笑顔を称えたそれは、公園へ集まった生徒全員の顔色を恐怖に歪ませる単語を尽きることなく放つ。そして彼らに向かって『コロシアイ』をしろ、さもなければここの島から出ることは許さないと不気味に笑って宣言するのだった。
 誰もがこの現実を受け入れらず嘘だ嘘だと事実を否定する中、見せしめとしてモノミ(モノクマによりウサミが改造されたもの)が処刑されてしまいこれが現実と受け入れさせられてしまった。もう誰も、コロシアイ修学旅行が始まったことを否定する事はできない。

「チクショウ……なんでこんなことになったんだよォ……」

「あぶあぶあぶあぶ! もう唯吹はキャパオーバーっす!」

「あんな人間離れした弩デケェ化物が相手などとは……ワシらに一体どうしろっちゅーんじゃあっ!」

「うぷぷぷ。だから言ってるじゃない! 『コロシアイ』をすればいいってね! もう、人の言ったことをスグ忘れちゃうんだから……。間違えた! クマの言ったことでしたね!」

 嘆きと恐怖の声で公園は溢れる。衝撃的な現象の前に、いくら超高校級の能力を持つとはいえど所詮は高校生である。冷静さを欠いた彼らの口から留まることなく流れ出る答えの不要な疑問に、モノクマは呆れたように溜息を吐くのだった。

「あの、場違いかもしれないけれど……ひとつ、質問していいですか?」

「ななしの、お前……?」

 この状況の中、唯一これまで動揺を見せなかった一人の少女が小さな声で、だがはっきりとおもむろに言葉を発したのだった。まさか彼女がここで質問などという大胆な行動に出るとは思えず、日向は信じられないといった面持ちで彼女を見つめた。

「あらら? うーん、しょうがないなあもう。一個だけだよ? ボクってばやっさし―い。で、何が聞きたいの? あぁ、ボクのスリーサイズは教えられないからそのつもりでね! その……恥ずかしいじゃない?」

「随分と余裕なんだね。わたし一人がどうしようと何をしようと、雑魚に運命など変えられないって思ってるのかな……。でも今は、あなたと言い争いをするつもりも時間も無いから単刀直入に聞きます。Q‐31プログラムに、何をしたの?」

 彼女の言葉の意味を理解できる者はいなかった。モノクマは黙ってその言葉を聞き終えると、俯いて黙り込んでしまう。

「…………ぐう」

「寝たふりなんて許さない。答えてくれるって言ったでしょ?」

「あーもう、うるさいなあ。お腹の音が鳴っただけじゃん! それにね、ボクはQ‐31プログラムなんて知らないよ? もし知っていたとしても、それを面白おかしく改竄しちゃったりなんかしてないんだから。さて、どうでしょうねぇ。うぷぷぷぷ……」

「待って、そんなの答えになってない……!」

「ボクはホントにそれ以上は知らないよ? ただオマエが勝手に内容を勘違いしてるだけじゃん。あいつらにまんまと利用されたことも気づいてないの? 無知ってヤダヤダ」

 ななしのは悔しそうに歯を食いしばった。その表情がモノクマにはたまらないらしい。ご機嫌に鼻歌を歌いながら左右に体を揺らし、彼女の周りを旋回し始めた。

「……あの人たちはそんなこと、しない」

「アーッハッハッハ! 恋する乙女みたいに盲目的なセリフだね! いいよ、絶望的に崖っぷち孤立状態のぼっちちゃんにヒントをあげましょう。うぷぷ……仲間思いのななしのさんのために、必ず全員でハッピーエンドを迎えてから帰れるように仕様変更、なんて……素敵じゃない?」

「それってまさか……!」

「うぷぷ……。さあ、答えたよ? でも、今回のキミにできることは何も無いみたいだね。さて、悪い子は寝る時間となりました」

 待って、と尚も引き下がろうとしない彼女の相手にいい加減飽きてしまったのか、モノクマはそれ以上何一つ質問を許さなかった。いや、彼女はもう質問することができなかったのである。何かに刺されたように、首筋に小さな痛みを感じた彼女の華奢な肢体は、支える力を失ってその場に崩れ落ちてしまう。危うく地面に顔面衝突してしまいそうになるところであった柔らかな体を素早い反応を示し支えたのは、一番近くにいた田中の腕であった。

「くっ……! 間一髪というところか……」

「おい、ななしの!? どうしたんだ!? 意味のわからないことを聞いた上に突然倒れるなんて……!」

 そう言いながら駆け寄った日向は彼女の肩を揺さぶった。しかし彼女は言葉による返事をしない。黙り込んで下を向き、表情を読むことすら許してくれないのだった。そんな状態の彼女を見て、モノクマは笑い声をあげる。

「まさか、死んで……!?」

「フン、どうやらそれは杞憂のようだな」

 田中の冷静な声に落ち着きを取り戻し、日向は彼女にもう少し顔を近づける。名前を呼ぶがやはり言葉を放って返してはくれない。
 代わりに彼に聞くことができたのは、規則正しい彼女の安らかな呼吸音だった。



●つづく。

@2013/11/20
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