● 01
暑い、熱い。彼女の身体は太陽の日差しに焼かれた砂の上にうつ伏せで横たわっていた。顔に、四肢に満遍なく触れている砂も、背中をじりじりと照らす夏の光線も、たちまちに彼女の体温を熱していく。このままの体勢でいつまでも耐えられるものではない。
しかし、彼女はまだ起き上がらないのだった。辛そうにしかめた眉と悩ましげにきつく結ばれた口は、彼女が嫌な夢を見ていることを物語っているかのようだった。
その彼女の横でさざ波が静かに、子守唄のように優しく音を立てている。緩やかに寄せては返す波は、南国の砂浜にとても似つかわしく爽やかに青く澄んでいた。これから起こる惨劇など微塵も想像させない、それはそれは綺麗に透き通った色で。
「おい、あそこ……人が倒れてるじゃないか!」
「ホントだ。さっきキミが気を失ってた時にはいなかったハズだけど……。それにあの人を入れると教室にいた人数と合わないよ。とすると、もしかしてとびっきり特別な超高校級の能力の持ち主だったりしてね!」
「何言ってんだよ……。そんなことより早く行ってやらないと!」
島を一回りしてきたらしい少年2人が道端から砂浜に倒れている少女を見つけ、警戒もせずビーチに入り大慌てで駆け寄って行く。積極的に安否の確認を急ぐ方の男子が彼女の体に手をかけて体を起してやり、仰向けにさせる。
「大丈夫か!? 生きてるか!?」
「うーん……息はしてるし心臓も動いてるみたいだ」
「狛枝、お前な……」
名を呼ばれた白髪の少年は生存確認をするために彼女が女性であることをも気にすることなく、その胸に触れて鼓動の有無を確かめていた。そのお陰で安否の確認はできたが、やや複雑な気持ちで少女の体を抱えた少年は彼を見る。しかし彼は当然のことをしたまで、と悪びれた風もなく小首を傾げるのだった。
幾度目かの呼びかけに彼女は反応を示してくれた。頑なに閉じられた瞼を微かに動かしたのである。それを2人は見逃さない。
「……ん、う、……あれ?」
意識を取り戻し、薄らと目を開けて見ることができた彼女の最初の景色は狛枝の顔だった。それを見た途端、彼女は驚いたような顔をしてその大きく開かれた瞳を揺らした。
「良かった、目を覚ましてくれたみたいだよ。日向クン!」
「ああ。おい、気分はどうだ? どこか痛いところとかは」
日向が心配して彼女に懸命に声をかけるが、一切聞いていないらしい。信じられない、といったように何度も瞬きをしたり目を擦ったりして狛枝の顔を凝視している。そして頭上に顔を向けて日向と目を合わせ、ようやく口を開くのだった。
「なんで、わたし、しん、で……ない!?」
「ああ、生きてるよ。海岸に倒れていたのを俺たちが見つけたんだ」
「倒れて……!? そんなわけ、だって、なんでわたしが生きて……」
「ボクたちがたまたま通りかかってラッキーだったね。あのままここにいたら太陽に焼かれて黒焦げだったかも……なんてね。ところで、キミの名前をそろそろ教えて欲しいな」
少女は自身の体がなんともないことを確認しようとしたのか、両手で自分の頬や胸、腰や足に触る。それが間違いなく存在していることは両手から伝わる感触が証明してくれるのだった。最後に自らの首に手を当てると、安堵したように小さく溜め息をついた。しかしそれでも彼女は何かに納得がいかないらしい。難しい顔をして口元に手をやり考え込むのだった。
異様な彼女の様子を見て、日向と狛枝は顔を見合わせる。お互いどういうことなのかさっぱりわからないといった様子で肩を竦めた。
明らかに彼女は初対面の人間に対しておかしな行動をとっている。名前くらい名乗ってくれてもいいのではないかと、日向は文句の一つでも口にしようとした。しかしその前に日向の腕の中から彼女が立ち上がり、制服に付いた砂を払った。そして2人の方へ向き直ると一礼する。
「えっと、初めまして……ですよ、ね。わたしの名前はななしのななこです」
「あ……ああ、俺は日向創だ。で、こっちが狛枝凪斗。″超高校級の幸運″を持ってるらしい」
「ゴミみたいな才能で引いちゃったかもしれないけど……ヨロシクね、ななしのサン。それで、差し支えなければ聞かせてもらえないかな? キミがどんな超高校級の希望なのかを……さ」
「狛枝っ、まだそうだと決まったわけじゃ……」
「いいの……です、日向くん。わたしは」
彼女はそこで一度言い澱んだ。何かを考えるかのようにちら、と砂浜に視線を落とす。そしてもう一度日向と目を合わせると再び口を開いた。
「″超高校級の凡人″なの、です。わたしの方こそくだらない才能の持ち主だけど、よろしくね」
にっこりと笑う彼女の顔に親しみを覚えた日向と狛枝は軽く握手をする。初めて触れる彼女の手のひらは、細く柔らかい、そして優しいものだった。
先ほどウサミという変なヌイグルミにこの島での修学旅行を義務づけられた彼らだったが、どうやら強制的に始まったそれは悪いことだけでもないように感じた。あらゆる意味で濃いメンバーが集まった中、彼女のようにどこかぼうっとしてはいるがまともな会話ができそうな女の子もいる。そして各々が超高校級の持っているのだ。
これだけの希望に満ちた状況の中で修学旅行など、何も起こらないはずがないだろう。奇想天外な事象が発生しそうな予感を胸に、しばらくは退屈しないで済みそうだと日向は期待の念を抱くのだった。
●つづく。
@2013/11/20
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