夢小説長いの | ナノ



17


 どのくらいそうしていたのだろう。ななしのはなす術もなく彼の体に自らの体を委ねていた。一瞬のようで永遠と感じられるような、まるで魔法にかかったみたいに思えるその時間は、田中の言の葉を唱える声によっていとも容易く解かれた。

「何を言わんとしているのか、千里を見通す鷹の眼を得し俺様にかかれば聞かずともわかってしまう。だが……だからこそ、貴様にそれを言わせるわけにはいかんッ……!」

 彼とて馬鹿ではない。この流れで、この2人の関係であの言葉が出てくることはもう予測できていた。なのにそれを遮ったのは、彼なりの意図があったようである。
 田中は彼女を抱き留めていた腕を離す。そして彼女の両の肩に手を置いた。熱が灯り潤んだ瞳で見つめてくる彼女のそれをじっと見つめる。無垢な眼にどきりとして全身が熱くなるのを感じる。だがそこから目を逸らしてはいけない。真剣な顔つきをして彼は口を開いた。

「よく聞け、ななこ。……す、好きだ。一生俺様の隣にいろ」

「たっ、たなかくん……!? そっ、そんなの、ずるい……ずるいよぉぉ!」

 ななしのは田中の胸に飛び込んだ。それを受けとめる彼は、どうやら先ほど自分が発した言葉で精一杯だったらしい。彼女の行動に対応できずうろたえている。
 伝えたい想いをそっくりそのまま言われてしまった。望む結果になったことは確かであったが納得はいかない。あれだけ悩みに悩んで勇気を出して告白しようと決めたのに、あろうことか彼からの告白を受けることになるだなんて、そんなことは彼女の予定にはなかった。悔しさを隠しきれないらしい、八つ当たりの様に彼女は田中の胸を叩く。

「わた、わたしが言おうとしてたのに……!」

「フ、フンッ、 貴様如きに先に゛覇王を陥れし呪文゛(ノワール・オラトリオ)を唱えられては俺様の歴史に傷がつくだろうッ!」

 どうやら彼の自尊心が彼女からの告白を許さないらしい。けれども自分からそういった状況を作ることもできず、心に想いを燻ぶらせていたようである。そこにこの彼女が用意した計画がきた。これを利用するかするまいかもう迷っている余地はなく、こんな強行手段に出てしまったようだ。

「も、もう! ……わたしも好きなの! 好きなんです田中くん! 田中くんの、そういう素直じゃないとこも含めて好き!」

「ぐッ……! その言霊を何度も詠唱するのはやめろ……!」

 今更になって限界がきたらしく、田中はマフラーを引っ張り顔を隠してしまった。額の辺りは見えるが、よほど羞恥に耐えきれないのか目まで覆ってしまっている。ななしのはそれを見て笑った。

「田中くんのそういうとこも、かわいくて好きだよ」

「や、やめろと言っている……ッ!!」

 放っておくと次々に彼の『好き』な部分をしゃべり続けそうである。そんなことをされては田中はきっと、全身が燃えて炭の様になってしまうだろう。悪い気はしないのだが、やられてばかりのようで悔しいという思いもあった。言葉で攻められるというのならばこちらも言葉で攻めるのが妥当である。そっとマフラーから顔を出して反撃すべく彼女に目を向けた。

「貴様の耳障りな声も、脆弱な精神も、その情けない顔も、嫌いではない」

「あ……ありがとう……」

 今度はななしのの方が赤面した。好き、とはっきり言う事はないが、彼が嫌いでないというのであればそれと同意義に等しい。

「本当に、よく緩む顔だ。俺様の側近でありながらだらしのない。だが、何故だろうな」

 田中は彼女の頭にそっと触れる。滅多に触れることのないその髪はふわりと柔らかく、どこか爽やかな良い香りがした。

「愛しいと、思っていた。随分と以前から……な」

「ふふ、ありがと」

 照れ隠しするように彼女は笑った。つられて田中も自然と口元を綻ばせるのだった。遅すぎるといっても過言ではない2人の青春がそこにあった。

 夕日が2人を照らす。もうすぐここの門も閉まってしまう事だろう。2人は橙色の太陽光に一度視線を向けると、また顔を見合わせた。それを合図に、帰るという言葉もなく田中はななしのの手を握って歩き出した。引かれるままその後を追いかけて彼女は彼の隣に並ぶ。少し大きな手のひらを握り返して、繋がれたそこを見るとつい嬉しさが込み上げてしまう。
 確かに彼は隣にいて、同じ想いを持って、共に歩いているのだ。あの頃と同じだが少し違う、お互いの大切さを確かめた新しい関係になって。そのことが奇跡なのか必然なのか、はたまた因果律の定めなのか。それは田中にもななしのにもわからない。けれども彼を想って笑ったり泣いたり悩んだりしたことはまぎれもなく彼女をひとつ、ふたつと大きく成長させた。
 この手が先を導いてくれるなら、きっとどんな迷い道に入り込んだとしても出口に辿り着けるだろう。もちろん彼が迷った時は、その手を引いて一緒に立ち向かう覚悟がある。たとえどんな絶望が立ちはだかろうとも、彼がいるなら乗り越えられると信じているのだ。
 そんな希望に溢れた未来は、彼女の進む道の先にある。繋がれた手のひらはそれを約束するかのように、優しかった。



●おわり。

@2013/10/3
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