夢小説長いの | ナノ



15


 結論から言えば、彼の言っていたことは全て正しかったのである。あまりにも的確過ぎてななしのの心を深く深く、底辺まで抉ったが、それは彼女が口にしていないだけでいつも恋心と共に奥深く隠して考えないようにしていたことだった。
 だからこそ彼女は黙ってそれを聞くしか他になかった。そこから逃げ出してしまえば、またそれと向き合うことになったとき、今度は崩れてしまうかもしれない。田中とこれからも一緒にいたいと、並んでいたいという気持ちがあるのならば、この彼の口から雄弁に語られる辛くて鋭くて棘だらけの弾丸は、避けてはいけないものであった。

「ボクはね、キミみたいな凡人が身の程も弁えないで希望に縋ろうとするのが我慢ならないんだ。幸運なんてカスみたいな才能のおかげでここのみんなと触れ合う事を許されているけれど、そんなこと本当はいけないくらい彼らはボクとまるでかけ離れた才能を持ってる。希望に満ち溢れた、選ばれた素晴らしき人間なんだよ! ましてやボクのそれすら持ち合わせないキミは、なんだい。おこがましいと思わないの?」

「そんな、だって田中くんは……前の高校からのお友達で」

「だから、なに? 彼は超高校級の飼育委員なんだよ。例え前の学校からの友達であっても、彼は住む世界が違うじゃないか。凡人の、何の才能も持たない人間なんて彼らからしたら虫ケラ以下だね」

 確かにそうなのだ。彼はあんなにも動物と仲良くできて、絶滅危惧種の繁殖にも成功できる能力を持っていて、自在に4匹のハムスターを操ることができる。常人のそれを超越した、全く手に届かないはずの存在なのだ。友達だからなんだというのだろう、所詮彼は雲の上の人だったのである。そのことにはたして今まで向き合っていただろうか。
 この間の彼は、彼の態度は何も変わっていなかった。希望ヶ峰に行ったからといって、超高校級として自分と違うところに行ってしまって、違う人たちと出会い触れ合った彼は、何も変わっていなかった。相変わらずの下僕扱いではあったが、自分を見下す事などしなかった。ちょっと素直になれないだけの、いつもの彼だった。
 だから、この目の前の彼が語る田中が何も持たないななしのを見下している、というような事実はない。

「ねえ、キミは田中クンに失礼だと思わないのかい? なんの才能も持たないキミが友達だなんて、恥ずかしいと思わないの?」

 田中に対して劣等感を抱いたことがあるか、と聞かれれば無いことも無い。実際彼は優秀なのだ。テストはいつも上位で、スポーツだって軽々こなす。ななしのの知らない知識が彼の頭の中には沢山詰まっており、いつもその語彙力に圧倒されている。飼育の腕に関しては言わずもがな、であり彼女がその手伝いを願われたことも、こちらから申し出たこともほとんどない。

「わたしは、彼の足手まといかもしれません……」

「だろうね。そんなキミが、友達なんてよく言えるね? キミといる時の彼は退屈でしょうがなかったんじゃないかなぁ」

 毎日交わしていた会話も、誘った遊びやお店も彼にとってはどうでもよかったのかもしれない。楽しそうにしていてくれたのは、自分に気を遣ってくれていたからなのだろうか。彼はああ見えてとても優しいから無理をしていたという可能性だってあるだろう。
 一緒にいた日々が、彼の言葉を聞く度に砕け散ってしまいそうになる。今まで自分に合わせて我慢してくれていたのだとしたら、一体自分は、ななしのななこという一人の人間が彼にしてきたことは何だったというのだ。ただ彼を振りまわして好きなことに付き合わせて、あまつさえ今度は彼の彼女という立場まで欲しがるだなんてそれこそ彼の言うようにおこがましい事この上ない。
 だが、どんなに可能性の話をしたところで真相は、田中の思っていることは田中にしか知りえないのだ。前向きに考えても下向きに考えても、答えは答えを知る者にしかわからないのだ。

「そんなの、田中くんに聞かなくちゃわかりませんから……!」

 泣きそうな声、いやもう泣いてしまって震える声で彼女はそう、彼にはっきりと聞こえる声で言った。真っ直ぐに、涙が零れ落ちながらもしっかりと意志を宿した瞳で目の前の少年を見ながら。どんなに彼に言葉の弾丸で打ち砕かれそうになろうとも、この想いの盾だけは守りきらなければいけない。
 何のためにここに来たのか、なんのために今まで一緒にいたのか、全てを無駄にしてたまるかという確固たる心は、以前の彼女ならば持ち合わせていなかった。きっと彼の言葉に言い返せなくて泣いて逃げ出していたに違いない。
 何が彼女を変えたかと言えば、田中が転校してから出会った人たち、先輩思いな後輩や超高校級のみんなの存在があったからだ。その人たちに励まされて、助言してもらって、今の自分がある。
 手にしている携帯電話をちらりと見る。そこにはさっき打ったままで、送信ボタンを押し損ねてしまった田中宛のメールの文章が映し出されていた。たった一言『着いたよ』の文字が浮かぶその画面を見ながらそっと送信ボタンに指を合わせる。涙でぼやける視界ではその結果を窺い知ることができない。そっと一度瞬きして携帯を持たない方の手で雫をぬぐった。
 はっきりとそこに映し出される送信を完了したという成功の画面を見て、彼が来るなら笑顔を用意しておかなくちゃいけない、と苛ついた視線を向ける少年に対して負けないとでも言うように、微笑んだ。

「真実を彼に聞くのは怖くないのかい?」

「怖くても、勇気なんてなくても、やっぱりわたしは田中くんと一緒にいたいから」

 ここまで言っても彼女の意志は固い、変わらないのだと悟った彼は、好きにしなよと呟いた。
 もともとななしのになど興味はないといった様子で去ろうとする彼が後ろを振り向くと、そこには彼女が想いを寄せる相手、田中眼蛇夢が白い髪の彼を睨みつけるように立っていた。



 西園寺の泣いていた理由を説明してやるには、どうしてもななしのの名前が要所要所にでてきてしまう。その度に左右田には全然関係ない話を根掘り葉掘り聞かれた。例えば、何時から彼女と遊んでいたかだの彼女はどんな格好をしていたかだの、西園寺の件とは全く無関係であるのに、ななしののことになると興味を示して彼はすぐに話の腰を折るのである。

「で、で? ななこちゃんっていつからお前の下僕なんだ?」

「何故そんなことを貴様に教えねばならんのだ」

「いーじゃねーかよ。ついでだと思ってさぁ!」

「フッ、床に食い物を懇願する餓鬼の様に這いつくばり俺様を崇め諂う言ノ葉を唱えることができたならば、特別に教えてやろう」

「だあぁぁぁー!! できねーよやんねーよチクショー!」

 やってたまるか、と左右田はついに田中に背を向けて窓の方へ視線をやった。そういえばさっき件のななしのが迎えに来るということを田中が口走っていた。ここからその子を見ることができるかもしれない。
 門のところを注意深く見てみると、意外な人物が目に留まった。見覚えのあるカーキ色のパーカーと白い髪の毛は、クラスメイトの狛枝の姿に違いなかった。その陰になってあまりよく見えないが、どこかの学校の制服を着た女の子の姿が見える。あれがななこちゃんだろうかと、左右田は窓ガラスに顔を近づけた。

「あれ……ななこちゃんじゃね?」

「何ッ!?」

 田中が慌てて左右田の隣に並んでそこから同じようによく見えるよう、窓ガラスぎりぎりまで顔を近づける。

「なんか様子がおかし……泣いて、る? おい田中! ななこちゃん、泣いて」

 田中、と声をかけた場所には誰もいなかった。この教室に残っているのは左右田一人である。その声が空しく響くと同時に聞こえたのは、教室の扉が勢いよく閉まる音だけだった。



●つづく。

@2013/09/30
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