夢小説長いの | ナノ



14


 こんな感情を抱いたのは何も初めてではない。あらゆる動物たちと触れ、その愛しさに身を焦がすことは幾度となく経験している。だが奇しくも彼らは人のかたちをした者でなかったのだ。どんなに愛せども愛せども、彼らが答えようとしてくれようとも、越えられない壁の存在が田中の心を締め付けた。そしてその苦しみは誰にもわかってもらえることはない。そう、例え一番の下僕として認めてやったあの少女ですら、彼の苦悩を知らないのである。
 そしてその少女に向ける、動物たちへ抱く感情と似たような胸を揺さぶる想いが何という名のものなのか、一番わからずにいるのはやはり彼自身なのだった。似ているが違うそれは彼の無意識のうちに胸を絞め付けていたのだが、その感情はどういうものなのか。はっきりと自覚した時にはもう、彼女はあの頃のように隣にいなかったのだ。

「ハムスターちゃんよお、ケータイ鳴ってるぜー」

「き、貴様に言われなくともとうに気づいている」

 左右田に急かされ、田中は慌ててズボンのポケットをまさぐる。どこに入れたのかわからなくなったらしい、今度は学ランのポケットに手を入れた。まだその扱いに慣れていないようだ。左右田に言われなければ彼は微弱なバイブ音がどこから流れているのか特定できなかったことだろう。
 ようやく見つけた携帯の液晶には『ななしのななこ』の文字があった。なぜだろう、その名前を見るだけで彼の胸の鼓動は高鳴る。
 一体何の用件かとメールの受信ボックス画面を開いた。ここまでの操作は順調にこなすことができるのだが、受信したメールに対して返信する動作がいまいち、まだ慣れないのだった。

『2人きりで、お話したいことがあります。これから会いたいのだけど時間空いてるかな?』

『空いている』

 それを打つのだけで精一杯だ。もし会話であったならば彼らしい言葉で返答するのだが、メールでいつものような長い言葉を打とうとすると、変換ミスや操作ミスのせいで倍以上の時間がかかってしまう。そんな醜態を下僕に見せるわけにはいかない。
 下僕、と田中が称することがある相手は、彼がその能力または傍にいることを認めた者だけだ。当然ながら彼の中に存在する設定の『特異点』をも凌駕する存在である。彼の中ではそんな風に位置づけられていた。
 彼女が下僕と認められたのはずいぶんと前の話である。彼女は覚えていないかもしれないが、田中はしっかりと覚えていた。所詮は中学3年の春からの仲であるが、それでも彼女は何かと田中に構って欲しがり後をついてきていた。どんなに罵詈雑言を浴びせようとも泣きながら必死に後ろを歩くのだ。沈黙と無関心のみを欲するはずの氷の覇王はその頃から彼女に心奪われていたのだが、彼がそのことに気付いたのはつい最近のことだった。
 メールの返事はすぐに返ってきた。そのバイブの振動音に左右田が素早く反応する。携帯を持ち液晶を操作する田中の後ろに立って、そのメールが一体どんな内容なのかいろいろな角度から見ようと頑張っている。

「もしかしてメールの相手はななこちゃんか!?」

「ッ!? 貴様、俺様の受信録を盗み見るなッ!」

「いいじゃねーかよー。なあなあななこちゃんってどんな子なんだよ? てか彼女じゃねーなら紹介してくれよ」

「戯言をぬかすなッ! 奴は俺様の唯一無二の下僕だ。誰が貴様などに……」

 そう言いながら彼女のメールを確認して返事を打とうとする。あとは送信ボタンを押すだけだというのに、やはり見えていたのだ。後ろから左右田の待ったがかかった。

「ばっか、おまえ! 女の子にそのメールはねーって!」

「くッ……! 何をするッ!?」

 送信を阻止するべく、左右田は背後から手を伸ばして携帯を奪い取ろうとする。その画面には『用があるというのならば迎えに来い』という田中が打った冷淡な文字が並んでいた。左右田があり得ないというのも無理はない、こんな文面を貰えば誰だって良い気はしないだろう。
 そんなこんなで2人でじゃれ合っているうちに、田中の指は送信のボタンを押してしまうのだった。

「あーあ……。オレ、知らねーからな……」

「フン。今の文面のどこを間違えているというのだ。下僕に命令する以上、あれより的を射た召喚呪文はないだろう」

 また、田中の携帯が受信を知らせる音を発した。左右田はあわあわと心配したような視線を向けてくるが、開いたメールには『今家を出発!希望ヶ峰に迎えに行きまーす』と間の抜けたような軽い返事が書いてあるだけだった。

「女って怒るとこえーんだぜ……。で、なんて書いてあったんだ?」

「今から迎えに来るとのことだ。フッ、我が配下とはいえなかなか出来た下僕だな」

「おまえぜってーぶん殴られるぞ!? 今から殴り込みに来るって、そういう意味に決まってんだろ!」

 怒り狂った鬼女が来る、とひとりで盛り上がっている左右田を余所に田中は考える。2人きりでしか話せない内容とは如何なるものなのだろう、予想ができない。電話番号も教えてあるのだから急用であればそれで事足りるし、動物関連のことであればそう文面に書いてくるはずだ。その場合はもちろん飛んで行く。書き忘れたなんて致命的なことをこんな短文でやらかすとは思えない。だがそのような記述が一切なく、ただ、話がしたいというのはどういうことだ。
 窓の外を見る。一階であり見晴らしは決していいとは言えないが、ここから校門が見えないことはない。彼女は着けばきっと連絡をしてくるだろうし、これだけ目立つ建物に来るというのに場所が分からないと迷子になることもないはずだ。ならば彼がすべきことは待つだけである。
 窓から視線を移すといつの間に傍に来ていたのだろう、西園寺が近くに気まずそうな顔をして立っていた。

「ねえ、歩く黒……じゃない。た、田中!」

「……どうした」

「あのさ……うぅうぅ……」

「用が無ければ失せろ」

「うっく……、こ、このあいだは……ごめんなさい」

「それだけか」

「それだけだよ中二野郎! びえぇぇぇん!! ななこおねぇを幸せにしないとアンタの椅子、明日から空気椅子にしてやるんだから!」

 捨て台詞のようにそれだけ言って教室から去ってしまった。
 幸せにしろ、となぜ自分に言うのかはなはだ疑問である。むしろななしのの幸せは彼女が決めるものであって、田中に決めろというのはお門違いもいいところだ。西園寺がどういうつもりでその言葉を口にしたのか、彼女を待つ間考えてみるのもいいかもしれない。
 しかしその暇は田中の肩に置かれた手の持ち主によって全て潰されることになった。睨むように後ろを見ると、左右田が真剣な顔で口を開くところであった。

「なぁ、西園寺なんで泣いてたんだよ?」

「貴様には関係のないことだ」

「さすがにクラスメイト泣いてるのほっとけねーだろ」

 どうやら厄介なことになってしまったらしい。どの道ななしのがここへ辿り着くまでまだ時間はたっぷりとある。西園寺が泣いていた理由をできるだけ左右田がわかるような言葉を使って、説明を始めた。



 大きい、どこから見ても目立つその建物は、不思議な威圧感をたたえてそこに建っていた。その壮大な存在感を誇る希望ヶ峰学園の門の前にななしのは立ち、果たしてそこから中に入っていいものかどうか判断に困っていた。通りがかる人に尋ねようとしたのだがそういう人影もなく、とりあえず田中宛てに着いたという旨を書いたメールを作成しようとする。

「あれ、キミ……どうしたの?」

「ふっえええ!? あっ、あの……」

 どこから現れたのだろう、人影は無かったはずだが目の前に急に人が立っていた。白いふわふわの髪の毛が印象的な、優しそうな雰囲気の男の子だった。

「ここの生徒、じゃないよね。何か用かな?」

「はい、えっと、お友達を待ってまして」

「ふうん……」

 彼はここの生徒じゃない、と知った途端に和やかなその様子を変貌させる。見下したような目で見られたななしのは一瞬悪寒の様なものを感じ、肩を震わせた。

「帰りなよ。ここは君の様なゴミクズが来るような場所じゃない」

 彼の吐く言葉はななしのの密かに感じていたことを見事に全て、さらけ出して否定して、これから掴めるかもしれない希望を握りつぶそうとするものだった。



●つづく。

@2013/09/29
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