夢小説長いの | ナノ



13


 メールの受信件数が大変なことになっていた。差出人の名前は全部澪田からである。
 放課後になってようやく携帯の使用が許可されるため、ななしのが誰かからメールが来てるだろうかとそれを起動した瞬間、まず一通目が届いた。しかしその時に友達に呼ばれ、学級日誌に書く文面を考える手伝いをしなければならなくなったのである。ものの5分で終わった出来事であったが、もう一度携帯の画面を起動してみたところ、実に13件ものメールが受信ボックスに収められていた。
 慌てて最新のそれを開くと『!』のみ書かれた文章が出てくるだけだった。一体なんだろう。不思議に思いそこから次々と前のメールを出してみる。なるほど、彼女はどうやら一文字ずつ入力してメールを送ってきたらしい。
 文字を繋げて読むと『ななこちゃん! 唯吹と あ そ ぼ う っ す ! あ そ ぼ !』となる。彼女が解読を終えたのをわかったかのように、そこへ追加のメールがきた。どうやら希望ヶ峰学園の近くの公園で木登りして待っているとのことらしい。今日のななしのの恰好は制服であり、下に着用しているのはスカートだ。木登りなどの運動をするのにこのまま行っても大丈夫かと少し心配になった彼女は、道中にある自宅に一旦寄り、適当なシャツとジャージに着替えてそこへ向かった。

「きゃっほほーい!! ななこちゃん! おひさしブリテン共和国!」

「唯吹ちゃん! 滑り台の骨組みを階段代わりに使っちゃ危ないよー!」

 大人でも遊べるようなアスレチック遊具が揃うここの公園では、小学生や幼稚園児が集まりわいわいと砂場やバネ付きの動物の乗り物で遊んでいた。その中で1人大きな子供がいる、と思ったら澪田であった。声をかけようとそばに駆けたのだが、その途中で彼女が滑り台の骨組みを階段のように上って行く光景を見てしまったのである。そしてななしのに気づくと一番上で手を振りだした。不安定な足場で片手のみで体を支えていては危ない。

「へーきっすよ! それより、ななこちゃんもどうっすかー?」

 彼女がそう言うのであれば問題ないかもしれないが、それをじろじろと見ている小学生たちが真似をしないかどうかの方が気がかりだ。小さい子はすぐ面白がって危ないことでも遊び感覚でやろうとする傾向にある。それで怪我をしたとなったら大変だ。

「うーん、そこに上るくらいだったらわたしは木登りがいいなあ」

「おっ、もしかして唯吹と木登り対決をご希望っすか!? うっきゃー! 燃えたぎる闘魂! 今そっちに行くから待っててくれっす!」

 楽しそうに滑り台から正規の方法で下りてくると、きらきらと目を輝かせてどの木を選ぼうかと興奮気味に聞いてきた。ななしのと遊べることがよっぽど嬉しいらしい。実は木登りをするのは初めてであったのだが、そのことを澪田に伝えると尚更喜ぶ仕草を見せた。

「そしたら唯吹が木登りの先生っすね。なんでも聞いてくれたまえっ」

 ふふんと鼻を高く、胸を反らせて腰に手を当てる。本格的に先生という立場になりきっているようだ。

「せ、せんせー、 木登りってどうやるんですかー?」

「ふむ、まずは手頃な木を見つけるっす。そこそこ成長した木じゃないと唯吹の体重が支えられなくて落ちちゃうっすからね」

 割と本気らしい。真面目な顔で木登りとはなんたるかを説いて、ななしのを連れ実践へと移る。木登りくらい小学生でもできる。ならばやったことがないとはいえできないことはないだろう、そんな風に安易に考えていたのだが、いざ木に手をかけて登ろうとすると思ったよりもキツいのである。思うように体が持ち上がらずあれ、と苦笑いした。
 先に上まで登りきった澪田に励まされながら、汗水を流して必死に枝やら幹やらを掴んで登る。最初は四肢の力の入れ方が下手で、登るどころか何度もずるずると滑り落ちた。しかし澪田のアドバイス通りに枝を掴んだり足をかける場所を選ぶと、なんとか上まで辿り着けそうなほどにまで漕ぎ着けることができた。
 あと少しで澪田の座っているところと同じ高さに辿り着く。体育の授業以外でこんなことをするとは思わなかった。いつの間にかシャツもジャージも土だらけである。だけれどもそんなことが気にならないくらいに今は、澪田の応援する声とあの先へ辿り着くという目標に心奪われていた。
 最後の力を振り絞って手と足に力を込める。その力で持ち上げられた体は太くて頑丈な枝の上に乗っかった。その瞬間、ぱちぱちという拍手の音がななしのの耳に届く。

「よく頑張ったっす! ななこちゃん! 先生は感動したぞぉぉぉ……!」

「えへ、へ……唯吹先生、ありがとうございます!」

 ぐったりとしながらもどこか心地よい達成感がななしのを笑顔にさせた。
 枝の上に澪田と同じように、足を宙に投げ出して座る。木陰の涼しい風が、汗をかいて火照った彼女の体を優しく撫でていった。

「はいはーい! では唯吹からななこちゃんにしっつもーん!」

 澪田が隣の枝の上でぶんぶんと手を振ってアピールする。

「ええ!? いきなり!? なにかな?」

「ではではー、だかだかだかだかだかでーん! 第1問!」

(……それだとクイズなんじゃないかな)

「ななこちゃんは眼蛇夢ちゃんのこと好きなんすか!?」

「すっ……えぇえぇえ!?」

 動揺のあまり枝から落ちそうになる。幹に両の手を付き体を支えて事なきを得るが、今の軽いノリからは推測できないほどの衝撃をななしのに与えた。

「どうなんすかーどうなんすかー? 唯吹はそのことが気になってしょうがの千切りを延々と食べ続けちゃったっすよ」

「それは……免疫力が高くなりそうだね。って、田中くんとわたしとのこと、どうしていきなり気になったの?」

「だって! 眼蛇夢ちゃんったらこの間のななこちゃんとのででっでっででえと! のこと聞くと、顔真っ赤にして『貴様には関係の無い話だ』ってそっぽ向くんすよー。何かアリアリの予感がビンビンっす!」

「なななにも、ただ、お店を一緒にぶらついてただけだよ!? デートじゃ、ないし……」

 デートというのは相思相愛の恋仲にある男女が2人きりで出かけることを指す、と彼女は考えている。そのためこの間の2人で出かけた件がデートに入るとは思っていないのだ。だが、傍から見ればそう形容しても差し支えない関係に見えるのは明らかであった。

「じゃあ、ななこちゃんは眼蛇夢ちゃんのこと嫌いなんすか?」

「そんなわけっ……!」

「だったら好きなんすっね!?」

「わ、わかんないよー……」

 困ったように口をへの字に曲げて俯くき、黙ってしまう。澪田はそんな彼女の様子を首を90度に傾けて見ながら、足を宙で遊ばせている。
 田中が何があったわけでもないのにそんな風に照れる理由は、一体何なのだろう。はたして自分はどうだろうか、そんな風に誰かに田中との事を聞かれたとして……おそらく平然とした顔で楽しかったと答えるだけなのだろう。

「ああああああー!!!」

「ひっ!?」

「もう、そーゆーのはフィーリングっすよ! 理屈じゃないっす! ごちゃごちゃ考えてもみくちゃの脳ミソとなかよしこよしするよりも、自分がどう思うか! 思うがままを言葉にしないと、その瞬間のフレーズは一生お腹の中で燻ったままっす! ねんねんころりしてるだけの誰にも聞いてもらえない言葉なんか、可哀相っすよ……」

「唯吹ちゃん……」

 おそらく澪田にとって、言葉というのは大事なものなのだろう。超高校級の軽音楽部の作曲から作詞、さらには演奏まで自らこなす彼女はきっといろいろなものから感銘を受けて、そのときに頭に浮かんだ言葉は全て素直に表現してきたのだ。
 誰もが彼女のように素直になれたらこんな風に悩む者はいなくなるのだろうが、現実には思ったことを素直に口に出せる人などそうそういない。ななしののように只管悩んで、そのとき言いたいことを飲み込んでしまう人もいる。一生そのとき言えなかったことを後悔するものだっているのだ。口にすることを諦めたがために、そう、一生を後悔し続けるのである。

「好きなんすか!? ねえねえ、どうなんすか?」

「わたしは……」

 詭弁だ。全て偽ってきたのだ。彼のことを好きだとか嫌いだとか考えるふりをしてずっとずっと、彼のことを想ってきたのだ。だからこそこんなにも悩み、動揺して、彼のことばかり考えてしまうのである。なんだ、出口なんてとっくに見えていたんじゃないか。迷ったふりをしてその光から目を背けて、一生そのままでいいと諦めながらいつだってそれを手にできたらと期待していたのだ。自分から歩み寄ろうとしないで、そこから誰かが連れ出してくれるのを待っているだけのどうしようもない、臆病者だっただけじゃないか。
 彼の声も姿も不器用なところも動物たちに見せる優しい横顔も、強がりで恥ずかしがりやで人がいっぱいいる所が嫌いなところも可愛らしいと、全部愛しいと思っていたのに。自分にだけ見せてくれる、楽しそうな表情だって、例え下僕としてしか見てもらえておらずそれ以上を望むことが許されないとしても、それでもこの想いは常に心の中にあったのだ。だからこそ、あのとき、彼が希望ヶ峰に行ってしまうとわかった時、あんなにも絶望して泣いたではないか。

「ねえ、唯吹ちゃん」

「なんすか!?」

「ありがとう」

「ど、どういたしまして……って唯吹は何をしたか覚えてねーっすー!!」

 音楽への熱い想い、というつもりで言葉に関して語っただけであったが、それがななしのに思い掛けない影響を与えたことに彼女は気づいていない。
 この結論が出るまでたくさんの人を巻き込んでしまったことは申し訳ないと思う。またそれに対して快く協力してくれたり、アドバイスをくれたことには感謝してもしきれない。
 世話が焼ける先輩ね、と霧切に溜息を吐かれてしまう光景が目に浮かぶ。今度会うときはあの喫茶店で最高級のコーヒーを奢ってあげるべきだろう。彼女がずっと話を聞いていてくれなければきっともっと話は拗れていたし、自分の想いを見つめ直す機会もなかったのだから。それに希望ヶ峰のみんなにも、驚かされたり支離滅裂なことばかり起きたけれども、田中と再び会う機会ができたのも彼女たちのおかげである。

「わたしね、田中くんのこと好きだよ。ずっと前から、大好きなの」

「うっきゃー!! 熱いっすねぇぇ! でもでもっ、その言葉を伝えるべき相手は唯吹じゃないっすからね!」

 その相手は今頃どんな想いを抱いて、どんなことをしているのだろうか。この気持ちは彼に受け入れてもらえるのだろうか。その答えはきっともうすぐ明らかになる。



●つづく。

@2013/09/27
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