夢小説長いの | ナノ



12


 体の疲れも心の疲れも寝ればちょっとは回復するだろう、なんて考えでまた学校から帰るな否や早々にベッドに横になり、ななしのは目を閉じた。疲れが溜まっているのはどうやら間違いではないようで、その日もすぐに眠気に誘われるように深く、寝に入るのであった。
 次に目が覚めたとき、けたたましい電話の着信音が耳の横で鳴っていた。慌てて寝ぼけた声でそれに出ると、もしもし、と昨日聞いた少し大人っぽい声が聞こえてきたのである。
 小泉だった。突然電話したのはななしのがメールの返事をなかなかくれなかったから、という事だった。ごめんねと謝る彼女にむしろこっちが寝ていて気付かなくてごめんと返すと、どうせだから電話でその内容を伝えて返事を聞きたいと言う。どの道メールを見て返事をしなければならないのであればその方が手っ取り早い。賛成の意を示すと、彼女は『あさっての予定は空いているか』という旨から話を切り出した。どうやら何か事が進んで、寝ている場合ではない事態になっているらしい。



 思えばこんなことも久しぶりだと、彼女は下を向いて普段着る高校の制服より短いスカートの裾を見る。少し気合いを入れ過ぎただろうか、なんて恥じらいの気持ちが生まれては、せっかくのお出かけなんだからこれぐらいしなくては勿体無いと否定する。制服で友達とどこかに出かけることもあるが、それは近場だったりファストフード店だったり、軽いノリで行けるところだ。今から行くところはそうではない。少なくともななしのにとってはお洒落して行くくらいの価値がある場所だ。
 待ち合わせ場所はここであっている、間違いないことを昨日小泉から受け取ったメールから確認する。駅前の『魔法使いミラクルうさみん』の銅像前で11時に待ち合わせのはずだ。あと5分で約束の時間である。
 そわそわしながら後ろの銅像を眺めた。少し不細工なうさぎがふりふりの服を着てステッキを振りかざすポーズをとっている。昭和に流行ったとかなんとか母から聞いたような気がしたが、銅像を建てるまでの人気っぷりだったのだろうか。どんな魔法を使う話なのかは知らないが、この辺で待ち合わせをする人たちには目印に便利でとても役に立っていた。銅像も忘れ去られることなくこうして沢山の人の目に触れてもらえるならば本望ではないだろうか。
 もう来ているだろうかともう一度正面に向き直ると、挙動不審な怪しい人が目についた。田中である。服装はななしのが見慣れたいつもの恰好であるが、この人混みの中では異質そのものである。また、俗世が嫌いと公言していたが本当にこういう場には滅多に来ないのだろう、あらゆる所からわき出てくる人の波に苦戦してなかなか前に進めないようだ。

「った、田中くーん! こっち!」

 彼が人混みをかき分けてくるよりも向かった方が速いだろう。声をかけながらそこへ駆ける。その姿がはっきりと見えてくるに連れて、自然と嬉しさが込み上げて口元が綻んでしまう。

「……むッ!? だッ、誰だ貴様!? ……もしやななこ、か?」

 田中が彼女の私服を見たのは片手で数えるほどしかない。ましてや女の子らしい、今日のように白いブラウスにスカートという恰好は見たことが無かったのだろう。一瞬敵意むき出しの眼光を彼女に浴びせたが、目の前で彼女が止まりその顔を近くで見せたところでようやくわかったらしい。

「そうだよ。久しぶり……だね。わたしだって気付かなかった?」

「フン、俺様は貴様の様子など手に取るようにわかっている。下僕が嬉々として出会い頭に罠を仕掛けてきたため、仕方なくかかってやったまでだ」

 見慣れていたはずの田中の目に視線を合わせるのも、久しぶりとなればなんだか照れくさい。そんな彼女に対して田中は平然とした態度をとっていた。あの頃と同じである。たった2週間かそこらしか経っていないのに、彼とのその会話がひどく懐かしく感じられた。

「元気そうでなによりだよ。四天王たちは?」

「この田中眼蛇夢がいる限り、奴らの漲る暗黒エネルギーは絶えることはない。貴様は……完全体ではないようだが」

「え? そうかな。最近ちょっと衝撃的なことが多かったから……疲れちゃったのかもね。でも、田中くんの顔見たらちょっと元気出たよ」

「なッ、なにを戯けたことを……!」

 真っ赤になった彼はマフラーで顔を覆い隠した。それを見てななしのは微笑む。やはり彼はどこへ行っても彼のままを貫いているようだ。しばらくその姿を見ることは無かったが、恥ずかしかったり照れたりした時にする仕草も変わっていないことを確認できて、安心したのであった。

 電車に揺られて着いた先はななしのが何度か来たことのある街だった。アーケード街や動物園のある、彼女が住んでいる町よりは商業の建物が多く立ち並ぶ賑やかな街である。森林が立ち並ぶ歩道を少し歩くとそこが目的地だと、田中からもらった地図には書いてあった。そこを目指して2人は歩く。
 初めて乗る訳ではないのだろうが、おそらくほとんど利用しないのであろう。田中は電車に乗っている間、緊張からか怖いからなのかななしのが話しかけてもほとんど返答をしなかった。さすがに降りる頃になれば普段通りになっていたが、冷や汗を垂らして微動だにしない彼の様子は思わず笑ってしまうものだった。もちろん他の乗客もいるため声を漏らす事はしなかったが、ななしのは腹筋が痛い思いをした。
 降りた後も見知らぬ土地に挙動不審さを隠せない彼をどうやって誘導するべきか悩んだものである。触ると毒がどうのと怒られてしまうため、彼の左腕の包帯の端を引っ張ってなんとか駅の人混みを抜けることを成功させた。ななしのの苦労は絶えない。

「わたし、たまにこの街に来るんだ。って言っても、こっちは初めてだけどね。いつもは反対側の道の先にあるアーケード街に遊びに行くの」

「俺様はこのような空間は好まん。俗世の気にあてられて力が弱まってしまうからな」

「そっか、やっぱり動物園とかの方が好き?」

「嫌いではないが……見ていられん。秘められし邪神の力が疼く」

 飼育委員として、動物園の管理の仕方や様子に苛立ったりするのだろう。彼は超高校級のスキルを持つのだ。例え教育を受けた動物園で働くお兄さんやお姉さんであっても、完璧にとまで言えないことできないことがあるはずだ。そういったことに口出しできずにただ見ていることしかできない『お客さん』の身は、彼にとって複雑な思いを抱かせるのだろう。かといってその思いは誰にもわかってもらえない。今隣にいるななしのですらそれは難しい。
 彼の動物を愛する気持ちもわかるしその熱意も知っているが、動物への知識だけはどうにもならない。彼ほどに知っているわけでもなければ、ななしのの得意分野でもない。たまに何を言っているかわからないことだってある。そういうときは田中の存在が雲の上の人を見ているかのように遠く感じられるのだった。

「遊園地の乗り物は何が好き?」

「フッ……俺様がそのような幼稚な遊戯に今まで興味を抱いたことがあると思うか?」

「だったら初めて!? わあ、そしたら観覧車乗ろう! 街を上から眺めることができるんだよ」

「街を上から……!? ククク、フハハハハッ!! この世の全てを見下す事ができるというのか! ッククク……それは楽しみだ! よくやったな、ななしの。それでこそ我が下僕だ」

「褒めてくれてありがと、う?」

 角を右へ曲がってぴたりと足を止める。地図に記載されている場所に間違いがないのであれば、恐らくここからでもよく見える正面の巨大なアーチが入口であるのだろう。だがそれは様子がおかしい、というよりもその風貌からしてある事実が明らかであった。

「……西園寺め、やはり謀ったか」

「はは、なんか聞かない名前の遊園地だなって思ったんだよね……」

 そこには既に廃園となり、朽ち果てた遊園地の亡骸が放置されているだけだった。
 道理でここまでの道中、遊園地ならば付きものの客の楽しんでいる声が微塵も聞こえてこなかったわけである。
 呆然とする2人の沈黙を裂くようにななしのの携帯電話が鳴った。長く鳴動する様子から着信らしいことを悟るとすぐに携帯を取り出して通話に出る。慌てていたので誰からのものなのか確認しなかったが、受話器越しに聞こえる幼い声は西園寺のものであった。

『ななこ……今どこ?』

「日寄子ちゃんに教えてもらった遊園地前だよ。でも……」

『ごめ、ごめん、ごぇんなさ……びええええん!!』

「ど、どうしたの!?」

 電話の向こう側で西園寺が泣いている。それはわかったが何故このタイミングで、遊園地のことを聞いて泣きだすのか全く分からない。
 
「泣いてちゃわからないよ? あの、怒ったりとかしてないから何がどうしたのか教えてくれる?」

『……ひっく、うっ、怒んない?』

「ちゃんと説明してくれれば、怒らないよ」

 ななしのの穏やかな声に安心したのか、西園寺は嗚咽混じりに今回のこの遊園地の件のことを話し始めた。
 まず遊園地が廃園になっていることを彼女は知っていて、敢えて田中にチケットを渡してななしのと出かけるよう計画したらしい。相当悪質な考えである。低能な下々の庶民のくせに幸せそうな2人の仲に嫉妬して、ちょっと悪戯してみたくなったというのだ。普通に考えればちょっとの悪戯という扱いで済まされるものではない。

「……反省してる?」

『してるってばぁぁ! うっ、うう……だってさ……』

「なあに?」

『ななこの雰囲気、優しくて気に入っちゃったんだもん……』

 要は彼女に構ってもらえるきっかけを作りたかったらしい。だいぶ強引な手を使ったが、好意を素直に表す事ができない彼女にはこういうやり方になってしまったのも仕方ないのかもしれない。
 まだ西園寺のことを詳しく知ってはいないが、彼女が反省してこうして電話をかけて謝ってきたという事は、悪いことをしてしまったという責任を感じているのだろう。

「あのね、日寄子ちゃん」

 田中に聞こえないようそっと囁く。

「怒ってないから、もうこんなことしないって約束して?」

『……しない、けど』

「ありがとう。わたしね、日寄子ちゃんと遊びたいから今度一緒におでかけしよう?」

『……! 約束だよ!? 嘘ついたらななこおねぇの口に剣山千本ぶち込むからね!?』

「うん、約束」

 よっぽどその言葉が嬉しかったのか、さっきの泣きじゃくっていた彼女からは到底想像できないくらい、甲高く喜ぶ声がななしのの耳に届いた。可愛らしいその声は無邪気な子供そのものである。
 じゃあまた、と言葉を残して電話が切られる。忌々しそうに廃園となった遊園地に視線をやっていた田中は2人の通話が終わったことに気づいてななしのに近づくと口を開いた。

「西園寺か?」

「うん。ね、聞いて」

「なんだ」

「日寄子ちゃんったら、遊園地が廃園になってるって知らなかったんだって! それに今気づいて電話くれたみたい。ふふっ、あははー!」

 心底おかしそうに彼女は笑う。もちろん嘘であるのは田中が西園寺の性格を知っているため明らかだったが、彼女がそういう風に言葉を選んだという事は、このことについてもう気にしていないという事だ。終わったことに更に追究したところで彼女が嘘の主張を変えないことも、田中はわかっている。

「……そうか。貴様がそう言うのであれば、それが真実なのだろう」

 問い詰めたところで誰が嬉しいわけでもない。そんなことよりもこれからどのように楽しむか、それを考えた方が得策である。街には遊園地だけでなく、いろいろな娯楽施設が溢れていのだ。いくらでもこのお出かけを楽しむ方法が存在している。

「これからどうしよっか?」

 そうたずねる彼女はあらゆるお店を頭に思い浮かべていた。そろそろお昼になる頃であるし、どこかのレストランに入って昼食を取るのも悪くない。または少し寄りたいところがあるから田中につき合ってもらうのもいいだろう。映画という手だってある。
 思考を巡らす彼女に対して、田中は全然違うことを考えていた。彼の視線の先にあるもの、それはななしのが西園寺との通話を終えた今、その手に持ったままになっている携帯電話だった。
 今が彼女のアドレスをさりげなく聞く絶好のチャンスである。左右田と九頭龍との特訓を頭に思い浮かべた。大丈夫、あの時と同じようにやれば問題ないはずだ。

「ななこ」

「え、なあに? どっか行きたいとこあるー?」

「こ、この″制圧せし氷の覇王″が敢えて直々に問おう。きッ、貴様の、その手中に収められている精密機器の、電子により言の葉を導きし暗号文字列を……教えてはくれないだろうか」

「けいたい……の、アドレス?」

「ああ。早くしろ」

「う、うん。いいよ」

 ななしのの胸中は複雑であった。頭から血の気が引いていくような精神的衝撃を受けていたのである。

(田中くん、いつの間に携帯買ったんだろう)

 もしかしたら結構前から持っていたのではないだろうか。そう思わせるほどに田中とのメルアド交換はスムーズにできた。彼に似つかわしくない小型の精密機器。彼が携帯電話を弄っているうというななしのにとっては異様である光景に、ずきりと胸が痛んだ。
 実のところ田中は全く携帯電話を使いこなせていないのだが、そんなことをななしのが知るはずもない。メルアド交換がスムーズにいったのはここのところそれだけをやる機会が多かったためである。彼が一番得意とする操作であるのだから当然だった。

「フハハハハッ! これで貴様はいついかなる時でも俺様の召喚の合図に応えなければならなくなったなッ!」

「授業中とかは無理だけど、学校終わればいつでも田中くんと遊べるから」

「勉学に臨むのは俺様たちの職種柄抗えんからな。いいか、呪文を唱えたらすぐに飛んでくるのだぞ?」

「……うん、了解!」

 田中はななしののアドレスを手に入れられてものすごく嬉しそうだった。そろそろ昼食を取ろうとアーケード街を彼女に案内してもらう事になったのだが、その際の田中の口数は恐ろしいほど多く、聞きなれている彼女ですら読解に手を焼くほどであった。
 ゲーセンや雑貨屋、本屋にアイスクリーム屋にペットショップなど様々な所に寄って遊び放題の限りを尽くした2人は、5時になると鳴るという鐘の音が街に響いたところで帰宅、という現実に連れ戻された。
 まだまだ遊び足りないというのに今日の楽しい時間はもうお終いなのである。小学生ではないのだからもっと遊んでいてもいいのではとななしのは言うのだが、田中は家に残してきたペットたちが心配になったらしい。その旨を聞いた彼女はすぐに前言を撤回し、今日のところはおとなしく帰ると自宅がある街へと繋がる電車へ、田中と共に乗り込んだ。
 車内は人が少ない。好きなだけ好きな席に座れるような状態だ。乗り込む時の出入り口から一番遠い席に座る。どこに座っても大して差はないのだが、人の出入りが少ない所に座った方が落ち着けるだろう。

「田中くん、あの、今日は……楽しかった?」

「及第点と言ったところだな。貴様に″神々の暇潰し″(エリュシオン)で与えられた屈辱ッ……! あんなもの、俺様が本気を出せば……くッ!」

「ゲーセンでのレースゲーム、初めてだったんだもんね。その割には僅差だったから、田中くんならすぐ上手くなれると思うな」

「フッ、当然だろう。俺様に不可能なことなどない」

 あまり車内でおしゃべりを続けるのはマナーとしてよろしくない。互いに微笑みあうとそれきり黙るのであった。
 向かいの窓から見える流れゆく街並みを眺めながらななしのは考えていた。やはり、彼といるのは楽しい。携帯電話のことも、持っていることを知らなかっただけでこんなに胸が痛くなった。ただの友達にこんな感情を抱くことがあっただろうか。少なくともななしのには無かった。

(田中くんと、ずうっとこうしていられたらいいのに)

 この2人きりの時間が愛おしいと、このまま終わってしまう事が名残惜しいと感じてしまうのは、それだけ彼といることが好きで、彼と話す事が好きで、彼のことを好きなのだろう。迷ってばかりのななしのの心はようやく何が答えなのか導きだせたようだ。
 彼にこの気持ちを今伝えるべきだろうか。もちろんそれはこれまでの関係を大きく変えてしまう一言であり、とても怖いことである。だが伝えなければきっと、この関係が好転することもない。しかしそうするのは、今日でなくともよいのではないだろうか。できるならばこの今日という1日を、できるだけ綺麗なままで終わらせたい。ぐるぐるとななしのの思考はまた迷う。せっかく見つけた心のもやもやを解決する糸口も、言葉にする勇気が無ければ永遠に迷宮入りだ。もちろん彼が自分のことを好いていなければ今日の誘いだって無かっただろうし、嫌いだという俗世を楽しむこともできなかっただろう。けれどやはり、確信がない。言葉にする勇気が無い。
 そうして難しく細々と思いを巡らせているうちに彼女を睡魔が襲った。電車の揺れに合わせて首を揺らす彼女の様子を田中がじっと見つめる。前と後ろにがくがくと不安定に頭を動かす彼女は、どうやら横に首を傾けると田中に迷惑がかかると思って必死に寝ないように、横に頭を揺らさないようにしているらしい。

「……眠いか」

「う……うん……ごめ、おきる、寝てないから……」

 電車に乗ってからまだ10分も経っていない。あと20分くらいは首を振っていなければならないことになる。今日のことは楽しかったとはいえ、やはり疲れているのであろう。
 それは辛かろうと、田中はななしのの首の後ろに腕を回して自分の体の方に寄りかかれるよう彼女の頭を軽く傾けてやった。

「たなかくん……?」

「不甲斐ない下僕を持つと苦労をする」

「あう、ありがと……」

 やっと首が安定して落ち着いたため、そのままの状態に身を任せて彼女は目を閉じた。

 目が覚めたときに突然告白する勇気が湧いてくるなんてことは起きず、2人はなんてことなく他愛のない話をして、それぞれの家へと戻った。唯一いつもの帰り道と違ったことと言えば、また遊ぼうと約束したことぐらいだろうか。
 寝る前にもひとつ変わったことがあった。ななしのが自分の部屋へ帰り一息ついたところで携帯のメール受信音が鳴ったのである。携帯の画面を開くとそこには『田中 眼蛇夢』と書かれた名前が表示されていたのだ。そしてそのメールを開くと件名に一言『今日はありがとう』と書かれていた。
 本文は真っ白、白紙であったことにななしのはふふと笑って、返信のボタンを押した。



●つづく。

@2013/09/26
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