● 11
どんどんおかしな方向に進んでいく会話を続けていたが、彼女たちが超高校級の面々が集う希望ヶ峰学園の生徒であり田中のクラスメイトであることは、最後の締めにに連絡先を交換しよう、となったところで初めてななしのの知るところとなった。
もっと早くに聞きたかったのだが、如何せん彼女らの話は脈絡がなく会話のテンポが一般人には掴みづらい。結局ななしのが理解できたのは彼女らが自分と田中をどの様にくっつけようと議論している、という事と彼女らの超高校級の能力だけだった。ほとんど意味のあるのかないのか、はたまた彼女には理解できないような高度な話なのか、支離滅裂にお話は終わったのである。
罪木が家まで送ると言ってきかないので送り届けてもらった。また会いましょうねと微笑む罪木はななしのが玄関の戸を閉めるまでそこを動かないでいた。扉ごしに罪木の視線を感じながら玄関で靴を脱ぎ自分の部屋へ向かうと、制服のままベッドへ倒れこんだ。
いろいろなことが有りすぎだ。田中の転校の件から始まり、妙に意識しだすことといい、今回の超高校級の生徒たちとの出会いといい、次から次へと突拍子もない出来事が起こってばかりだ。それは彼女の処理できる容量をとっくに越えている。
更にはさっきどうしてよろしくなんて言ってしまったのだろうかと、後悔の念に襲われた。空気を読みすぎるのも困りものである。そういう関係を願っているわけではないはずなのに、こんなやり方はずるくて卑怯で、汚く思えた。自分はそうじゃないそんなんじゃないと否定するように枕に顔を押し付けた。
けれども田中に会える機会ができそうだということに期待する。そう、久しぶりに彼と会えるのだ。そして自分の気持ちの正体をつきとめることができるのだ。それでいいじゃないか、もう考えることは疲れた。少し休みたい。静かに目を閉じて夢の中へ意識を投じた。
ファミレスでの一件があった次の日、やけに上機嫌な西園寺が元気よく挨拶をして教室に入ってきた。左右田などは変なものでも食べたのかと不気味がっていたが、そんな些細なことは微塵も気にならないくらいに彼女は機嫌が良かった。理由は明らかである。新しい遊び相手、もとい遊び道具が見つかったからである。荷物を自分の机に置くとまずまっしぐらに小泉の元へ向かった。
「やっほー、おねぇ。おはよう!」
「おはよう、日寄子ちゃん。なんだか朝から元気だけど、どうかしたの?」
「さっすがおねぇ、わかってる! えっへへー」
昨日の今日で彼女が何も思いつかない訳がない。待ってましたと言わんばかりに懐から紙きれの様なものを取り出した。ひらひらと西園寺が宙にはためかせるそれには観覧車の写真がプリントアウトされているように見える。
「それ……遊園地のチケット?」
「うん! これをねー……クスクスッ」
彼女がそれを何のためにどうするのか、小泉にはだいたい予想がついていた。昨日、田中とななしのをくっつけるなんて言っていたことを結びつければ答えは明白である。どうやらその言葉は本気だったらしい。いたずらと我儘ばかりの彼女にしては、なかなかやるじゃないかと少し見直すのだった。しかしどこからそんなものを入手したのだろう。彼女の親は厳しいはずだし、前の学校に親しい友人などいないと聞いた。そんなものを簡単に入手できる手段が彼女にあるはずがないのだ。
気がかりになりながらもその動向を見守る。無垢な笑みを装って西園寺が向かう先には件のその人、田中がいた。
「おっはよう、田中! 今日はいい天気だねー」
どう見ても外はどんよりと曇っている。田中の席からもそれは確認できた。そんなことより、西園寺が自分に挨拶しにくるなどが珍しい。おまけに極上の作り笑顔に違和感しかない話しかけ方である。なにかあるに違いないと察するのは当然だった。
「ぐっ……!? 見えるッ、見えるぞッ! 西園寺、貴様いつから上級悪魔直属の暗殺者である″黒の炎に抱かれし者″(デモン・テスタロッサ)と契約したッ!? その悪意、俺様が見破れんとでも思ったか!? おはようございます」
「やだなあ。そんなこと言うといいものあげないよー? わたし、女の子と行くにはいい感じの遊園地のチケット持ってるんだけどなぁー」
「……フン、それがどうした」
「女の子はこういうとこに行きたがるんだよねー。例えばななことか」
「ッ!? ななこ……だと……!? 奴を知っているのか!?」
「あたりまえじゃーん! まあわたしの召使い3号だけどね。クスクスッ。そういえば遊園地大好きーとか言ってたよ」
「フッ、フハハハハハッ! 俺様の下僕に手を出すとはいい度胸ではないかッ! ……覚悟はできているのだろうな!?」
ゆらり、と田中が立ち上がる。包帯で覆われた方の腕を押さえつけるようにして西園寺を睨みつけるその姿は、怒りを隠しきれないと言わんばかりである。てっきり遊園地に誘うための口実が作れれば話に乗ってくると、西園寺の計画ではそういう流れだった。しかし予期せぬ所で彼の地雷を踏んでしまったらしい。
「ちょ、ちょっと……なんで怒ってんの!? わっけわかんない!」
「フハハハハッ! 俺様の手にかかって生を終えられる幸福を喜ぶがいい!」
今まで感じたことのない田中の威圧感を間近で受ける西園寺はたじろいだ。脅えて一歩後ろに下がる。
そんなまともな会話ができない彼女たちの様子を見て、小泉が立ち上がった。
「はいストップ! まったく……2人とも世話が焼けるわね。田中、ちょっと待ちなさい。アタシから説明するわ。ななこさんはアタシたちのお友達ってだけだから、安心して」
「なん、だと……。そんなこと、奴は一言も……」
「それも含めて説明するから」
小泉はとりあえず田中の怒りをおさめさせることに事に成功した。西園寺はというと、悔しがりながら彼女の後ろに隠れて田中を睨みつけている。
さすがに全て正直に話すわけにはいかなかったが、昨日ちょっとしたきっかけでななしのという女の子と知り合った旨を話す。すると田中は西園寺と彼女との間に危ないものは一切ないことを確認して安心したらしく、そうか、と一言呟いた。
「田中、仲良いのにしばらく会ってないんでしょ? 日寄子ちゃんがたまたま遊園地のチケット持ってるから一緒に行ってきたら?」
「俺様が俗世の人間が集いし遊技場に行くわけがなかろう」
「ほんとデリカシーの欠片も無い男子はこれだから……。ななこちゃんはたぶん行きたいと思うわよ。アンタと一緒なら、どこへだって」
「……!? ななこが、か……」
嘘は言っていない。あのとき軽く、田中とどっかに遊びに行ったりするのかと聞いてみたら彼女は『あんまりないけど、たまにはちょっと遠くまでお出かけしてみたいな』と、田中とどこかへ行くのを想像したのかほんのりと頬を桃色にして答えたのである。それに対して西園寺たちは騒がしく勝手に盛り上がっていたが、小泉だけはそんな彼女の表情をちゃんと見ていた。
「どうする?」
「……下僕の遊戯に興じることも因果律の定めか。よかろう、その企てに参じようではないか」
「まったく、素直じゃないんだから……」
わが子の成長を喜ぶかのように小泉は笑った。
いまいち納得がいかず文句をたれる西園寺を宥めると、おねぇがそう言うならと彼女は遊園地のチケットを田中に手渡した。わざわざ用意してくれていたらしくその場所の地図も一緒にくれたが、いよいよ怪しいものである。ちなみにどうやらそれ一枚で入場料が無料になるらしい。『ものっくまランド』と書かれたその名前にどこか引っかかるものを感じながら、小泉はその光景を見ていた。
待ち合わせ場所はその場所が電車で行かなければならない場所のため、最寄りの駅に指定しておいた。ここで田中にななしののアドレスを教えてもよかったが、それは彼がやらなければならないことであるため敢えて教えない。追って時間の指定なども小泉が計画してくれるため、連絡を待てということにしたのだった。
「その、なんだ……。貴様ら」
「な、なによ、気安く話しかけないでよね! せいぜい社会不適合者だってこと自覚して帰ってくればいいんだ!」
「日寄子ちゃん、まあまあ……。で、なに? なんか聞きたいことあるなら言ってよね」
「……ありがとうございます」
田中の言葉に2人は顔を見合わせた。お互い驚愕の表情である。視線はあさっての方向に向いているとはいえ、確かに聞こえたそれは感謝の言葉であった。
「……!? バッ、バッカじゃないの……」
「ふふ、どういたしまして」
当然のことをしたまでという小泉の微笑みの隣には、戸惑うようなどこか申し訳なさそうに眉尻を下げる西園寺の顔があった。何かを言いたそうにしばし田中をちらちらと見やっていたが、諦めたのか小泉と共に自分の席へ戻って行った。
田中は渡されたチケットをじっと見つめると、上着である学ランのポケットに大事そうにそっとしまうのだった。
●つづく。
@2013/09/23
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