夢小説長いの | ナノ



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 下校する男女さまざまな生徒の視線をいくつも感じながら、それでも罪木はファザール商業高校と書かれた表札のある校門の前でじっと何かを待っていた。彼女の意思でそうしたわけではなくあくまで西園寺の指示であったが、断れば顔面を黒板消しにされてしまう。虐げられることには慣れているのだが、望んでいることではない。
 ここまでは指示に対して順調であった。頼まれたこと、超高校級の情報通に会いに行って田中の出身校を探してもらい、その高校の中からななこという名前の女の子の学年や住所、写真を入手することなど、さして滞りなく指令は達成されていた。問題はここからであり、罪木の最も苦手とする分野に当たる。

(む、無理ですよぉ……、私に、あんなことぉ……)

 でもやらなければ、やれば虐められないで済む。罪木しかできない大事なことという西園寺の言い方も、彼女の尽くすことに対する責任感をくすぐっていた。
 その時が来なければいい、でもきっとその時は来てしまう、どうしようどうしようと狼狽えながら、校門から下校していく生徒一人一人の顔を確認する。なかなか目的の者は現れない。もしかしたら裏口などがあって、そっちを利用するような人なのではないのだろうか。だとしたらここにいることは全て無駄だったのではないだろうか、ああそんなことはあってはならない。

「うゆぅ……どうしましょう……。これからそんなものを探したってえぇぇぇ」

 泣きながら頭をかかえこんでその場にうずくまる。ここの高校の生徒でない彼女はただでさえ注目を浴びる存在であるのに、行動もまた人目を引きつける様なものばかりだった。もう帰宅する生徒たちは大方そこを通り過ぎた後だったようで彼女のその様子を見かける者は少なかったが、それでも通って行くものはほぼ奇異の目で見て行く。そのうち教職員を呼ばれるのではないのだろうかと自らの行動を自覚し不安になったところで、ようやく目的の人物と思われる顔をした女の子が校門の陰からひょっこりと姿を現した。

「ああぁぁうぅううぅ! まま待ってくださいぃぃぃ!!」

「ひゃあああ!?」

「ひぃいぃん!? ごめんなさぁい!」

 思わずひきとめるために少女の前に勢いよく飛び出したものの、悲鳴を上げられてしまった。突然目の前に人が現れれば誰だって驚くのだが、その驚いた声に対して罪木の方が驚いて泣きだしてしまった。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

「うっうっ……。だ、大丈夫ですからぁ、嫌わないでくださぁい」

「しょ、初対面の人をいきなり嫌ったりしませんから……安心してください。えっと……わたしに何か用事ですか?」

「はっ! はいぃ! あの、えーっとですね……」

 まず、さっきまで見ていたななこという女の子の写真の顔を今一度思い出す。特徴があるわけではないが、覚えているそれと確かに同じ者であると判断した。
 罪木は頭にある知識をふり絞って、失礼の無いように嫌われないように会話をしなくてはと何から話をしたらいいか考える。いきなり本題から入るなんてことをしたら嫌われてしまうだろう。何通りも彼女と会った時のパターンを想定して準備していたのに、さっきの驚きで頭から飛んでいってしまい昨夜寝ずに必死に練習した努力も全部台無しであった。
 唯一覚えているのは初めましての時に大事なことはまず挨拶をすること。それぐらいしか今の罪木の頭の中には残っていなかった。

「こ、こ……」

「こ?」

「この恨みはらさでおくべきかぁぁ!!」

「ええええっ!?」

「ふぇぇぇん! ち、違うんですぅ! パニックになってとんでもないことを言ってしまいましたぁ……。そうじゃなくて、えっと、えとえと……け、け」

「け?」

 今度は一文字目を間違えてしまったことに気づく。先ほどの『こんにちは』の挨拶も失敗してしまったし、もうどうしていいか罪木にはわからない。『け』で始まる挨拶なんて思い浮かばなかった。とにかく思いつく限りの嫌われないような言葉を探す。なんでもいいから好意的な言葉を頭の中の辞書から引き出さなければ。少しの間があった後、罪木は口を再び開いた。

「け、け……結婚してくださいぃいぃ! はわぁっ!? 私なんてことを……」

「けっ、こ、ん……?」

 ぽかんとした顔で彼女は罪木を見る。意味はそのままである。今日初めて会った、しかも女の子にプロポーズされるだなんて誰が予想できるというのだろう。そんな急展開に少女の思考も罪木同様、パニックになってしまっていた。
 第一印象では罪木を可愛いとは思った。だが全く知らない人物である。そんな人と結婚だなんてあり得ない、いきなりは困る。なんて、彼女は思いのほか真面目に返答を悩んでいた。

「あ、あのっ」

「ひっ! な、なんですかぁ?」

「いきなり結婚はちょっと……なので、お友達から始めませんか?」

「ふえぇえぇえ!? おともだち、私と……。うふっ、えへへへへっ」

 罪木は突然顔を紅潮させて嬉しそうに笑いだす。さっきまでおどおどとして会話すらままならないほど泣きじゃくっていたが、その様子とは全く正反対だった。何かのスイッチが切り替わったかのように恍惚とした表情で少女を見る。

「はぁぁぁんっ! えとえとっ、嬉しいですぅ! うふぅ……ななこさん、ぜひ仲良くしてくださぁい」

「なんでわたしの名前を……?」

「うふっ、そんなこといいじゃないですかぁ。私は罪木蜜柑っていいますぅ。あの……名前で呼んでくださいね?」

「わ、わかりました。わたしはななしのななこです。よろしくね、蜜柑ちゃん」

 2人は手を取り合って微笑み合った。奇妙な友人関係が誕生した瞬間である。 人のそんなやり取りを下校する周りの生徒がじろじろと見ていたのだが、会話するだけで精一杯な2人は周囲のそんな視線など全く感じていなかったようだ。
 しかし、このことは西園寺の指示とはまるでかけ離れていた。ななしのと友達になって来いなんて指令は与えられていない。むしろそれをすっかり頭から放り投げてしまっていたのだった。自分がどうしてここに来て彼女を待っていたのか、安心できる関係になってようやく冷静な思考を取り戻したらしい。本当の目的を果たしていないことに気づいた彼女はさっと顔を青くした。

「あのあのあのぅ……この後お暇ですかぁ?」

 お友達という間柄になったことで安心したのか、それどころでないと慌てたのか罪木は本題らしきことを話しだした。

「特に用事はないですよ」

「ではですね、ちょっと私についてきてくださぁい!」

「蜜柑ちゃん、いた、痛いっ」

 暇ということがわかった途端、腕を引っ張って強制的に彼女を連れて行こうとする。その弱弱しい存在からは意外なほど罪木の力は強く、鍛えているわけでもないななしのが抵抗できる様なものではなかった。されるがまま不安定な足取りで罪木の後をついて行くのだった。



 着いた先はどこにでもあるような普通のファミリーレストランだった。唯一普通と違うと言えるようなことがあるとすれば、ガラス張りの窓から希望ヶ峰学園の校舎を見ることができるということぐらいだろう。それほどにそのレストランは学園に近いところに建っていた。
 道中その建物が視界の端をちらつく度、ななしのの胸は締め付けられるような感覚に襲われていたのだが、そんな心中を罪木は知る由もない。お友達と手を繋ぐのがとても嬉しいようで彼女を引き摺るように足早に道を進んで来たのであった。
 罪木がそこの自動ドアをくぐると電子音のチャイムが鳴る。やってきた店員に対しておどおどと答えると、店の中へ案内された。学校帰りの生徒や主婦たちで賑わう店内の奥へ奥へと進んでいくと、大きな声が響いた。

「蜜柑ちゃーん! こっち、こっちっすよ!」

「遅いじゃんゲロブタぁ! なにやってたの? 簡単なおつかいすらできないなんてアンタホント使えない!」

 元気に手を振ってこっちだということを主張するカラフルな髪の毛の少女と、罪木を指差して激しく罵倒する着物を着た幼女がななしのの目に飛び込んできた。その存在感に圧倒されて固まることしかできない。

「すみませぇぇぇん! で、でもぉ……」

「はいはい、とりあえず座って落ち着こうよ。えっと、あなたがななこさん?」

「あ……はい! 初めまして、ななしのななこです。えっと」

「アタシは小泉真昼。同学年らしいし、真昼って呼んでちょうだい」

 ここにどうぞと言ってくれる小泉の隣に失礼しますと言って緊張しながら座る。一見謎の集団に見えるが、どことなく田中から感じていた雰囲気と似通ったものを感じる。

「ハイハーイ! 唯吹は澪田唯吹っす! マジで女の子ちゃんじゃないっすかぁ! うんうん、眼蛇夢ちゃんたらこんなカワイイ子キープだなんてあなどれナリンバリバリっすよ!」

「え、田中くんの……」

 予期せぬ所からその名前が出てきて思わず反応してしまう。どういうことなのか聞こうとしたところで幼女が遮るように口を開いた。

「わたしはね、西園寺日寄子っていうんだー。名字で呼んだら末永く祟るから!」

「う、うん。よろしく、日寄子ちゃん……」

 愛らしい見た目とは真逆の、ただならぬ腹黒さをちらほらと混ぜてくる西園寺の笑顔に一瞬悪寒を感じた。こんな可愛い子がそんな子であるわけがない、気のせいであって欲しいと希望的に考えるがすぐさまそれは打ち砕かれることになる。

「アンタがさぁ、田中の彼女なんでしょ?」

「へ?」

「あーっ、もっとキメラみたいな顔してんのかと思ったらフツーに可愛いじゃん! わたしの可愛さに比べたら月とミジンコみたいなもんだけどねー。罵倒して廃棄物のようになるまで散々遊びつくして貶しておもちゃにしてやろうと思ったのにさー、期待裏切られちゃったじゃん! あの中二病の恋人がこんな子だなんて信じらんない! ねぇ、わたしの期待をどうしてくれんの!?」

「日寄子ちゃん、アタシそんなこと聞いてない……!」

「えっと……」

 どうやらこの集会の主催者である西園寺以外は真の目的を何も知らなかったらしい。罪木など彼女を呼び出してここへ連れてこいと言われただけだ。
 そんな恐ろしい理由で呼び出されていることなど露知らずの、ただ来いと言われて引っ張られるがままに連れてこられただけの彼女がそんなことを言われても、である。

「はわぁ……私も何も知らなくてぇ……。あのぅ、ちなみにななこさんが田中さんの彼女だというのは本当なんですかぁ?」

「あっ、それは、違うの!」

「はぁぁぁっ!? どういうこと!?」

 西園寺が信じられないといった驚きの声を上げる。前にもこんなことがあったような気がしながらも、その事実が誤りであることを説明する。おとなしく人の話を聞いてくれないのではと恐々としながらだったが、意外にもみんな静かに彼女の話に耳を傾けるのだった。
 聞き終えたときには苛ついた表情を見せていかにもつまらなさそうにする西園寺だったが、新しい何かを思いついたらしい。怪しげに小さく笑ったかと思うと両の腕を上げてみんなが自分に注目するよう促した。

「わたしいい事思いついちゃったなー!」

「今の話を聞いてすぐいいアイディアが浮かぶなんて、今日の日寄子ちゃんはなかなか冴えてるっす」

「ちょっと、あんまりななこさんを困らせるようなことはダメだからね?」

「おねぇは心配性なんだからぁ。あのねあのね、とーってもいいことなんだよ? ななこだって聞きたいでしょ?」

 聞きたいと言え、という顔でななしのの返答を煽る。否定的なことを言えるはずもない彼女はその脅しに負けて首を縦に振った。その答えで満足したのか西園寺はにっこりと可愛らしさを取り戻した顔で笑う。

「アンタと田中、くっつけるのに協力してあげる!」

 ななしのの恋愛は前途多難らしい。小泉はやめさせようとしたが後の3人はノリノリでその提案に賛成してしまい、雰囲気におされるがままよろしくと言ってしまった彼女はもう、後戻りができなくなってしまった。



●つづく。

@2013/09/22
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