夢小説長いの | ナノ



09


 どんな文明の利器も使用者が一切使い方を知っていなければただのガラクタである。そして例え使い方を知っても、相手がいなければどうにもならない物だってあるのだ。そうした代物を手に入れた田中は、左右田から勧められて購入した携帯電話を片手にこれからどうするか、思案していた。
 スマートフォン、と呼ばれるらしいその画面を指でなぞればいろいろなことができる。左右田と一緒に初期設定をした後、メールの打ち方、電話のかけ方を習っておいたから一通りは大丈夫だ。しかし、彼は肝心なななしのななこその人のメールアドレス、更には電話番号を知らないのである。唯一とりあえず入れておけと左右田がその2つを勝手に田中の携帯に登録してくれていたが、彼に連絡を取ったところでななしのの情報が聞きだせるわけでもない。となれば一体どうやって知りえる事ができるのかと考えれば、答えは簡単である。直接聞くしかないのだ。

「おい、下等な人間よ」

「朝っぱらからそりゃねーだろ! 恩着せるわけじゃねーけどよ、昨日人が親切に携帯の使い方教えてやったのに、せめておはようくらい言えよ!」

「おはようございます」

「お……おう、おはよう」

 意外と礼儀は弁えているらしい。左右田は複雑な気持ちで挨拶を返した。

「ククク……喜ぶがいい。貴様に覇王の手となり足となることを許してやる」

「素直に手伝ってほしいことがあるって言えよ」

「なッ……!? 俺様が貴様如き雑種に導きを請うなどありえんッ!」

「あーそうかよ。じゃオレは行くわ。ハムスターちゃんの頼みなんてこれ以上聞いてられっかよ」

「おのれ……破壊神暗黒四天王を愚弄するとはッ……!」

 左右田に相談しようとするもその頼み方がどうにも不器用過ぎて伝わらないため、断られてしまった。かと言って他に頼れるとすれば誰だろうか。

「よ、どうしたオメーら。楽しそうじゃねーか。面白いことでもあったのかよ?」

 田中と左右田が朝から賑やかに、傍から見たら楽しそうに話をしているのが珍しいと思ったのだろう。辺古山と共に登校してきた九頭龍が声をかけてきた。

「おっす、九頭龍! いやな、田中がよ……なんかよく分んねーけど聞きて―ことがあるみたいなんだわ」

「あ? 田中が聞きてえことだと? 珍しいじゃねえか……オレにも教えろや」

 普段ならばきっと流してしまうクラスメイトの悩み事も、一見そういったものがなさそうな田中が、となれば興味をそそられるらしい。意外なことに九頭龍が話に乗ってきたのである。
 九頭龍は一応、辺古山という女子と付き合いが長いわけだ。となれば当然彼女のアドレスくらいは知って然るべきであり、それを聞きだす方法だって覚えているに違いない。

「フン、まあいいだろう。……俺様には下僕がいるのだが、そやつの『電子により言の葉を導きし暗号文字列』を知りえる為には、どうしたものだろうかと思案していてな……。九頭龍、貴様ならば唱えるべき術式を知らんか」

「……オイ、左右田」

「んだよ?」

「やっぱオレ、コイツの言いたいことわかんねえ」

 左右田には理解できたらしい、要するに友人のメールアドレスを知りたいのだがその時になんて聞けばいいだろうかと問うているのである。その旨を解説してやると九頭龍は呆れた顔をするのだった。

「フツーに聞けばいいじゃねえか。てかオメー、携帯持ってねえとか言ってなかったか?」

「昨日、不甲斐ない下等人種に案内をさせ入手することに成功した」

「言いたい放題だなおい」

「へえ。ま、だったらオレが直々に練習につき合ってやるよ。ホラ、オレをそいつに例えてみろや」

 試しに九頭龍にアドレスを聞いてみろという事だ。誰にでも簡単にできることであるのだが、今の今まで携帯というものを持たず、そしてななしのという女の子に家の電話番号すら聞いたことのない彼には難しいことなのである。その練習という名の軽い小芝居は、彼にとってこれまでにないほどの大きな試練であった。

「なるほど、協力に感謝するぞ。いいか、貴様……」

「あー待て待て、いきなり貴様はねーって!」

 左右田が最もな事を言って口を挟んできた。確かに人にアドレスを、いや何を聞くにしてもいきなりそのセリフから入るのはいかがなものだろうか。例え田中がそういう人物だと知っている、親しい友人だとしてももっと別な声のかけ方があるだろう。

「ならばこうか? おい、下僕よ。貴様の」

「だあーっ! バッカやろう、そんな呼び止め方あるか! せめて名前呼んでやれよ!」

(左右田ウルセーな……)

 そんな珍しい組合せの3人が教室内という限られた空間の中で目立たない訳もなく、何にでも首を突っ込みたくなる女子たちが彼らに混ざりたくてうずうずしていた。だからといって今話に入りに行ったところで、これは漢の話だと突っぱねられるに決まっている。彼らの中に入るタイミングをそっと見計らっていた。

「小泉おねぇ、どう思う?」

「さあ……。でも田中があそこまで必死になってアドレスを聞きだしたい相手か……ちょっと気にならなくもないかな」

「ふむふむ、お友達のメルアドを聞きたいみたいっすね」

「クスクスッ。歩く黒歴史に友達なんていたんだぁー、へー、これはちょっと面白いかもね」

「ちょっと、日寄子ちゃん……。変なこと考えてないよね?」

「おねぇにはわたしがそんな悪いこと考える様な子に見えるの? うっ……ぐすっ……」

「そんなことは……ご、ごめんって!」

 3人が勝手に話を盛り上げている中、教室のドアが開いて1人の女子生徒が入ってきた。包帯であちこちを巻いており、痛々しいその様を見ても誰も大丈夫かと声をかけることはない。彼女はそうしなければならないほど怪我や傷が絶えないのだ。

「あ……あのぅ……おはようございますぅ」

 申し訳なさそうに挨拶をする彼女が話に水を差したように思えたらしく、西園寺は鋭い目つきで彼女を睨んだ。

「うっさいゲロブタぁ! 挨拶も静かにできないの!?」

「ひっ!? ご、ごめんなさぁぁい! まともにおはようも言えないゲロブタですみませぇぇん!」

 そんなことが女子の中で繰り広げられている間にも、田中のアドレスを聞くための練習は続いていた。しかし、どうにもこうにも彼の口調が高圧的なため左右田の許可が下りない。九頭龍は正直面倒になってきていたのだが、しかし一度協力すると言った以上後に引けないのであった。

「だからな、なんで話しかけるのに『善と悪が混沌して存在する生命体』とか『神に操られし愚かな生命』なんて呼び方すんだよ!?」

「何も間違いはないだろう」

「オメーのツレは可哀相だな。名前で呼ばれねぇなんて」

「……真名を口にしたことがないわけではない」

「だったらホラ、言ってみろや」

 ここでななしのの名前を出していいものだろうかと考える。親切心で手伝いをしてくれるクラスメイトには悪いが、まだ一緒にいて日が浅いのだ。彼らを悪い人間だとは思っていないが、もし彼女になにかされたらと想像すると当然良い気はしない。いつだったかななしのも簡単に口を滑らせて田中に迷惑をかけたことがあった。彼女に同じことが起こってしまったらきっと嫌な気分になるに違いない。
 だが、どうにも目の前にいる2人がそんなことをするように思えないのは、彼らの持つ魔力が俗世の人間たちよりも強いからだろうか。田中は九頭龍をななしのという1人の女の子として見立てて、意を決したように口を開いた。

「ななこ、覇王が敢えて直々に問おう。貴様の所持する精密機器の、電子により言の葉を導きし暗号文字列を教えてはくれないだろうか」

 左右田も九頭龍も開いた口が塞がらない。どちらも驚愕の表情で田中のことを見ていた。

「……へ? ななこ……ちゃん? 女の子の名前……だよな?」

「あ? オ、オイ……田中、テメーまさかそのツレって……」

「ななこがどうしたというのだ。それより、今の問いかけであれば文字列を聞きだす事は可能か?」

「ちょ、たな、田中よぉ……」

「なんだ」

「おまえ、彼女いたんだな……」

 なんだか先を越されてしまったような気がして、左右田は悔しくて涙目になってしまう。

「い、いいカンジなんじゃねえか? そうか……オンナがいるなんてな。……ハハッ、なかなか隅に置けねえヤローだぜ!」

「き、貴様らは何か勘違いをしているようだが、ななこは俺様の下僕であり、配下であってだな」

 とっさにマフラーで自らの顔を隠すが、真っ赤になったそこを全て覆う事はできなかった。

「照れんなって! それより、その子の写真とかねえのかよ?」

 そんなこんなで九頭龍とのアドレス交換を果たし、メルアドを聞くための練習も成功に終えた田中だったが、どこかもやもやとした気持ちが残る。この朝の時間にそれ以上問い詰められることはなかったが、2人は昼休みあたりにあれやこれやと聞こうとやきもきしていた。
 当人の田中はななしのにいつ聞きに行こうかと考えるばかりで、彼女であるかどうかについては今は深く悩まないのだった。
 そんな会話をしっかりと耳にしていた澪田は、どんな状況なのか気になってしょうがない西園寺のために一字一句違えず全て彼女に伝えていた。

「……だ、そうっすよ」

「へぇー、クスクスッ、いい事聞いちゃったー」

「日寄子ちゃん、ちょっと、何をする気なの?」

 よからぬことを思いついた邪悪な目をする西園寺に不安を隠せない小泉は、どうにかして止めなくてはと焦る。しかしこういう目をした彼女を止めるのは今更不可能なのだ。

「ゲロブタゴミカス女!」

「はひぃぃぃいい!?」

「アンタにいい役割を与えてあげる。とぉーっても簡単だから、ミスったらアンタの顔を黒板消し代わりに使ってあげるね!」

「はわわわわぁ……えと、えとえと、がっ、頑張りますうぅ!」

 一体何を思いついたのだろう。それはここにいる西園寺以外の3人には全くわからない。しかし巻き込まれていることは明白であり、事を放っておくわけにもいかないのである。話を聞いてしまった時点で各々が責任を感じていた。
 話の発端である田中の予想だにしないところで、西園寺の怪しい計画は始まっていたのである。



●つづく。

@2013/09/19
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