夢小説長いの | ナノ



08


 2週間が過ぎた。田中は高校からいなくなったが、特に何事もなくななしのの日常は過ぎていった。1人で登校する事にも慣れてしまい、泣くこともなくなった。そんなことをしたところで何が変わる訳でもない、次の日の朝目が腫れて痛いだけだ。
 まともに話をする友達もいるし、大きく変わったことと言えばお弁当を教室で食べるようになったくらいである。友達とふざけ合いながら弁当をつつき合い、時には購買にも行って買うこともあったりして、なかなか充実はしていた。してはいたのだが、やはり何かが足りないと時々思い耽る。
 友人の1人に部活に入ることを勧められたが断った。気分転換にはいいのかもしれないが、きっと今の自分が何かを始めたところで身が入らないとわかっていたからだ。
 こうして彼女の日常は穏やかに、平和に過ぎていったのである。



 所変わって希望ヶ峰学園に入学した田中だが、最初から相変わらずの言動で周りに衝撃を与えていた。だが幸いにもクラスメイトそれぞれの個性も強かったために浮くことはなく、それなりに打ち解けていた。たまに通訳不可能な単語を並べることもあったが、雰囲気でなんとなく理解してくれるのだった。
 しかしそんな折、ちょっとした事実が発覚することになった。
 そろそろみんなの緊急時連絡網を作ろうかとなった時のことである。学級委員長の十神と副委員長の小泉とが、それぞれ男子と女子に1人ずつ連絡先を聞こうとしていた。電話番号を順調に聞き出して専用の紙に書いていく、それだけのことだからすぐ終わるだろうと誰もが予想していたが、その作業は行き詰まる。

「おい……これはどういうことだ?」

「フン、どうもこうもない。何が不満だというのだ」

 十神と田中は睨みあう。電話番号を書く紙を置いた机を間に挟んで。その上に十神はばん、と大きな音を立てて手をついた。

「おいおい、何が始まったんだよ?」

「貴様の気にすることではない。愚民は引っこんでいろ」

「けどよー、番号書くだけでそんなに騒がれちゃこっちも黙って見てられねーっての」

 おまけに言葉を通じ合わせるのが難しい2人の組み合わせだ。誰かがフォローに入らなければ解決するものもしない、と全員が思っていた。そこで率先して声をかけるのはいつも左右田だった。

「落ち着いてよ、十神クン。ボクなんかに聞かせるのは反吐が出るかもしれないけど、みんなには何を怒っているのか説明してあげて欲しいな」

 狛枝の穏やかな声に十神はチッ、と舌を打つ。教室の反対側でわいわいと女子が同じく連絡網作成をしていたが、その声も静まりかえり今は2人に視線を向けている。事情の説明をしなければ更にややこしい事態になることだろう。

「俺は怒ってなどいない。ただ……こいつが携帯の番号を書こうとしないのでな」

「少々不本意ではあるが、俺様の仮住まいにある電話の番号を書いてやっただろう。それに何の不満があると言うのだ!?」

「それでは緊急時に外にいた場合どうする? 連絡がつかんだろう!」

「ちょっと待ておい、固定電話かよ! まさか今のご時世にケータイ持ってねーのかよ!?」

「あのような異常電波を飛ばす精密機器を、俺様が所持する訳がなかろう」

 一同呆気に取られていた。この時代に必須の携帯電話をまさか所持していないなど、ありえない。そういう顔をして一同は田中を見ていた。

「ありえないでしょ……」

 小泉が震えるような声でぽつりと呟いた。女子側では貧乏だという終里ですら簡単携帯を所持していたぐらいなのに、田中のセリフを聞く限りそれすらも持ち合わせていないらしい。
 だが、無いものを聞いたところで事は何も進まないのである。

「チッ、そういう事情ならば仕方あるまい。精々外に出ているときに何も起こらないといいがな」

 持っていないならば仕方がない、と判断した十神は次に狛枝に書かせるべく紙を持ってその場を離れた。女子もそれを見て事態の収拾がついたことを確認し、再び楽しく会話を始めていた。
 そんな各々が他に話題を移す中、田中の元へ左右田が興味津々といった表情でやってきた。

「お前、友達との連絡どうしてんだ?」

「貴様に教える義務はない」

「まさか友達いねーねんてことは……」

「四肢をもがれたいのか!? ……やつの住家は把握している。それで十分だろう」

「え、じゃあ電話番号は?」

「知らん。必要ない。用があれば足を運んでやらんこともない」

「だけどよ、それこそ緊急の時とか困るんじゃね?」

「ククク……俺様が窮地に陥るだと? フッ、ありえんッ!」

「いやお前じゃなくて! 友達がだよ! もしお前に助けて欲しいってことがあったら……いや、ないか」

 1人で話を終わらせていた左右田を余所に、田中は眉根を寄せて考えていた。確かに下僕であるななしのにいつでも連絡が取れないとなるのは困る。それに、もし危険に晒されたときに助けに行けないとなれば。

「左右田」

「ああ? なんだよ」

「不本意ではあるが、その精密機器を所持してやらんこともない」

「はあ?」

「終了の儀の後、入手場所へ案内しろ」

 なんだかよくわからずに目を点にして田中を見ている左右田だが、ほぼ強制的に彼と2人で終了のHRの後、電器街を歩くことになってしまっていた。



 ななしのはまた、あの喫茶店にて霧切と話をしていた。明らかに田中の件で何かあったと言わざるを得ないようなメールで霧切は呼び出されて来たのだが、当の本人はどうでもいい話ばかりをする。宿題の話やら新しくできたケーキ屋の話やら、言い辛いのは分からなくもないが、放っておくとずっと本題に入らないままになりそうだった。
 一度目のコーヒーのおかわりが運ばれて来たとき、霧切はいい加減まともな話を始めようと口を開く。

「あのね、ななこさん。私はこの間余計なことを言って、貴女を悩ませたのかもしれないわね。ごめんなさい」

「ええ!? いきなりどうしたの? それよりさ、駅前にできた雑貨屋さんに今度」

「ええ、今度一緒に行きましょう。けれど、貴女はそんな話をするために私を呼び出した訳ではないでしょう?」

「……はい」

 霧切なりにこの間、推察で彼女に客観的事実を伝えてしまったことを反省していた。ちょっとしたことでも気にしてしまう彼女の性格をもう少し考慮してあげるべきだった。考え過ぎて考え過ぎて、それで最後には自分を潰してしまう。中途半端ではっきりしない知識は彼女を壊してしまうとわかっていたはずなのに、霧切にしては失態であった。

「でも響子ちゃんのせいってことは、ないよ。たぶん何も言われなくても、結果は同じだったと思う」

 目の前に置かれた烏龍茶を一口飲んで、ななしのはぽつりぽつりと話しだす。前に霧切に会った後での、田中との事を。話しながら何度か泣きそうになりながらも堪えて、何の行動もせずに無茶苦茶な態度をとって、最後の何日間をも無駄にしてしまった自分の情けなさを語るのだった。

「……バカでしょ、ほんとに」

 鼻声で自嘲しながら烏龍茶を一口啜ろうとしたが、もう空っぽであった。話に夢中になるあまり残量に気を使えていなかったようだ。気分をすっきりさせるため他の飲み物にしようとメニューボードを手に取った。あまり悩むことなくレモンスカッシュを注文する。

「いいえ、一つ気になることがある他は普通のお別れの仕方だったと思うわ」

「気になること?」

「ええ、単刀直入に聞くわね。貴女が田中くんをどう思っているかってことよ」

「わた、わたしが、田中くんを……どう、って。大事なお友達、です」

「異性として好きなのかどうか、よ」

 残酷に霧切の言葉がななしのの胸を貫いて、抉る。一番答えの出せない、出したくない質問だった。
 好き、嫌いで言えば好きであることには違いない。それが友人としてなのかそれ以上なのか、ななしのの中で有耶無耶になってしまっていた部分である。そして自らもわからなくて悩んで悩みぬいて、回答を考えることを放棄した結果があの何日かの不可思議な行動だった。

「貴女が無意識で避けている、自分の気持ち。それがわからないと、私もアドバイスしようがないのよ」

「そんなこと言ったって……」

 そういう目線で見てみると、どうだろう。一緒にいたときのことを思い出す。話をしてて楽しかったし、彼が隣にいるとなぜか落ち着いた。自然となんでも話せていた気がするし、返答はないにしろくだらない雑談ですら黙って聞いてくれていた。そういえば田中の時折見せる優しい表情に少しどきりとしたこともある。それは男として、異性として見ていたからなのか、それともただ単に普段と違う穏やかな顔を見て安心したからなのか。
 だけれども、彼曰く所詮は下僕の分際なわけである。きっと他に下僕ができたとしたらその人にも同じ一面を見せるのだろう。想像してみるとそれは少し、嫌だった。

「……わたし、まだよくわからなくて」

「私から見たら……いえ、推測で物を言うのはななこさんの心を更に迷わせるわね」

 迷っているとしたら一体どこをどう迷っているのだろう。好きか嫌いか、その答えで迷っているのだろうか。
 そっと横にレモンスカッシュが置かれる。店員が無言で会釈だけしていったのは空気を読んでのことなのだろう。失礼だとは感じない。運ばれてきたそれのストローに口をつける。炭酸の混じった酸味のある味は、彼女の頭を少しばかり解きほぐす。

(そうか、わたしは……)

 絡み合った複雑な思考から何かを見つけ出したらしい。しかしそれは迷路から抜け出す為の答えではない。あくまで手掛かりであり手段であった。

「響子ちゃん、わたし、田中くんに会おうと思う」

「……そう。それが今の貴女の答えなのね」

 ななしのの瞳は決意したような確かな意志に満ちていた。会ったところで、迷子になった気持ちの出口が見つかるとは限らないが、彼に会いもしないで出口を作ってしまうのは違うと思った。そんなことをしてもきっと、迷宮にまた舞い戻って一生抜け出せなくなってしまうだろう。
 薄ら光りのさす場所、目を背けたい事実が眩しく待つそこが本当の出口なのかどうか、確かめなければいけない。

「で、いつ会うのかしら?」

「とりあえず、今週の土日にでも……あ」

 田中に連絡を取るべくメールか電話をしようとしているのだろう、ななしのが携帯の画面を流れる様な目の動きで追う。それが途中で一定の、上下の動き以外をしなくなった。そして呆けたような顔をして霧切の方を向く。

「どうしたの?」

「田中くん、携帯持ってないんだった……」

「なんですって……」

「家の場所も、固定電話の番号も、知らない」

 絶望的な声で、彼女は言った。




●つづく。

@2013/09/16
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