夢小説長いの | ナノ



03


 気がつけば自宅の布団にくるまって、携帯でどうでもいいサイトを適当に見ながらただただ悪戯に時間を潰していた。眠りにつくこともできず暗闇で液晶画面の小さな文字をひたすら追う。気がつけば電気を点けなければならないほどに暗くなっていて、もうすぐご飯ができたことを知らせに親が部屋の戸を叩くような時間だった。
 それほどに彼女は放心していたのである。

(ああ、何も考えられないや)

 電気を点けるために起き上がった。その動作ですらゆっくりで、眩い光が部屋を照らしたかと思うと目を細めてまたぼうっとするのだった。
 片手に持つ携帯電話には『希望ヶ峰学園について語り合うスレ』の文字。ななしのにとってはおよそ関係ない輝かしい単語である。
 母親が部屋をノックしてご飯の時間を教えてくれた。とりあえず居間に行き、家族と共に夕飯を済ませる。満腹になるまで食べたかどうかさえ、はっきり言ってしまえば味すらもわからない。そうしてまた部屋に籠る。心配して声をかけてくれた母には悪いが、なんでもないとだけしか言えないのだった。


 放課後、いつものように2人で帰り道を歩いていた時のことである。よりによって最後の時限が体育であり、ななしのは限界まで腹を空かせていた。

「うわあん、お腹すいた! お家まで持たない!」

「そうか」

「ちょっ、田中くん冷たい」

「制圧せし氷の覇王は、如何なる時でも摂氏零度の心しか持ち合わせていないのでな」

「誰かさんが弁当のおかず根こそぎ食べちゃうからわたしはこんな目に合ってるんですが」

「ふっ……ななこよ。下僕が主人に衣食住尽くすのは至極当然の摂理だ。それに不満があるというのならば契約を……む、もしや貴様、反旗を翻そうなどと企てているのか?」

「うん!」

「即答、だと……!?」

「寄り道しよっ! わたし、サンドイッチ食べたい!」

 あまり寄り道、というよりはコンビニなどに寄りたがらない田中をななしのが説き伏せて無理矢理入口まで連れていこうとする。もちろん腕を引っ張ったりすると激しく抵抗されるため、そこはななしのの言葉テクニックが光るところだ。

「やめろ……! 俺が俗世を好いていないことぐらい、貴様は知っているだろう!?」

「だから、入口まで付いてくるだけでいいから。田中くんは外で待ってて」

「黙れッ! あのような混沌とした場所に行けばこの邪気腕が疼いてしまうのだ! この街1つ……いや世界が滅ぶやもしれん。それでも」

「かぼちゃパイおごってあげます」

「…………ふっ、少しだけだぞ」

 近くのコンビニまで行きサンドイッチとかぼちゃパイ×2を買った2人は、近くの公園のベンチでゆっくりすることにしたらしい。ななしのはそそくさと座ると、コンビニ袋からかぼちゃパイを取り出した。

「これ田中くんの分ね」

「生意気な下僕と思っていたのだが、なかなか気がきくようだ。……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 サンドイッチにかぶりつくななしのはとても幸せそうだ。田中は彼女に悟られないようちらりと軽く横目で見ていた。彼女の表情は実にころころと変わり、彼を飽きさせないのだった。

 思い返すと彼女とはそんなに長い付き合いではない。幼稚園、小学校、中学校と同じではあったものの、初めてまともに会話をしたのは中学の3年の時だった。クラス替えでたまたまクラスが同じになり、たまたま隣同士になった2人は飼育委員を請け負うことで頻繁に関わり合いを持つようになった。
 ななしのはそんなことをする者ではなかったが、大体田中と一緒に飼育係になる者は、田中に全て仕事を任せて先に帰ったりしてしまう。それに対して彼は最初は憤りを感じていたこともあったが、慣れてしまえば一人の方が気楽でやりやすいことに気づいてしまった。
 いつしか飼育の技能は磨かれ、絶滅危惧種の繁殖にまでその能力は及んでいく。だがその他のこと、例えば人とのコミュニケーション能力が壊滅的に育たなかったのである。拗れに拗れを重ねた中二発言は彼の異質なオーラを更に根強いものにしていった。
 そろそろ治るだろうと周囲が甘く見ていた中学3年の春。2人が出会ったのはそんな時期の事であった。

「貴様は初めて邂逅した刹那より、俺様の高度な言語を理解する能力を身に付けていたな」

「そう、だっけ……? いきなりどうしたの?」

「覚えているぞ……ククク。古来より受け継がれし文書を下界の者たちのために解読した教典を、あろうことか忘れてしまった時のことだ」

「教科書忘れた時のことかぁ……。田中くんはいつもより更に青い顔して、必死に探してたよねー」

「勘違いするな。あれは俺様が困るから焦っていたのではない。教典がなければ隣の者が俺様に教典を捧げなければならなくなる。ふっ……それがいかに拷問的なことかわかるか? 俺様はいいが、隣の者は常に俺様の機嫌を損ねぬよう配慮し、且つ自らの勉学もこなさねばならんのだ。流石の覇王とて、罪無き下等人種に拷問することは好かん」

「あー……おまけに初日だったもんね。いきなり初対面の人と近距離は緊張したよ。でも、わたし人見知りだから、そういうきっかけでもなければ田中くんと仲良くなれなかったと思うな」

「ッ!? ほざくな! 下僕の分際でッ……!」

「今でも時々、田中くんといるとどきどきするけどね。でもそれ以上に、田中くんが楽しそうにしてるのを見るだけで嬉しくなっちゃう」

 ほのかに頬を赤く染めて、彼女は微笑んだ。

「き、貴様ッ……!? 何を企んで……そんな発言を……やめ、ろ……」

 田中の声がフェードアウトしていく。終いにはストールに顔を埋めてしまい、外見から表情を読めないようにしてしまった。しかし耳が真っ赤なのは隠しきれなかったようで、彼が照れていることをななしのは視認する。
 普段は訳のわからない単語を捲し立てて話す彼の、ある意味本性らしいところ。その片鱗を見せて貰えるほど心を許してくれていることがわかっただけで、どこかくすぐったい衝動に駆られるのだった。

「……ななこ、貴様に伝えておかねばならぬ言葉がある」

「え」

 突然の真剣な声色に動揺せざるをえない。低く深いそれは、今までの和やかな日常とはかけ離れた、決して良いものではないように感じられた。きっとこのタイミングであれば、漫画や小説ではきらきらとしたときめきの展開が待っているのであろう。しかしそんな予感など微塵もない。待っているのは底無しの奈落のような気がして、ななしのは悪寒を感じずにはいられなかった。



●つづく。

@2013/09/01
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