● 01
朝が苦手なのはなぜなのだろうか。きっとそれは目覚めた先に希望が持てないからかもしれない。決して辛いものではないけれど、退屈な日常が始まる朝、彼女は前の日かけておいた携帯のアラーム音で目が覚めた。
いつにも増して体が気だるいのは、昨夜、やり忘れた宿題を思い出したように慌てて終わらせたせいだろう。半開きの目で携帯を探す為に頭と腕を動かす。
アラームを止める。何度も鳴っていたのか端末が熱くなっていた。
「7時……え」
ぴんぽん、と軽快な音が部屋に響いた。それと同時に飛び起きる彼女の体と頭。
「あああああごめんなさい!!」
自分一人しかいない部屋で彼女は叫ぶ。それを聞かせるべき相手はここにはいないのだ。玄関できっといつものように仁王立ちして待っているだろう、そこへ人間らしからぬ速さで廊下を駆けた。
玄関内側へ着く。扉を開けなくてはいけない……そうだ、お父さんのサンダルを借りて、とにかく早く開けて、謝らなければ。焦る思考は致命的なミスを犯す。
――べちん!
冷たい床が彼女を迎えた。誰がどう見ても躓いて転んだ、それ以外ありえない見事な凡ミスっぷりである。幸いにも手で抑えることができたため顔面をぶつけることはなかったが、両手と膝は砂で汚れてしまっている。白いパジャマの腹も薄く茶色がかっていた。
やってしまった、という言葉が一番しっくりくるだろうその姿で彼女は鍵を開ける。
「おい、一体どれだけ俺様を待たせれば……そ、その格好はどうしたというのだ!?
「転んだ……」
「ふっ……ふはははははっ!! 貴様のような下位の人間は実に愚かだな! 足元に幾重もの罠が仕掛けられているというのに、注意力……いや魔力が足りんせいで、朝からむざむざとこんな醜態を晒すとは。貴様、どうやら″奴ら″を侮っていたようだな」
わけのわからない単語を次々と口にする彼をぼやっとした顔で見つめる彼女。
「朝から上機嫌だね。田中くん。おはようございます」
「当然だ。何時何時であろうと常に気高くあるのが覇王だからな。おはようございます」
しかし呑気に挨拶をしている場合ではない。さっき見た携帯の液晶画面、そこに表示されていた文字が脳裏によみがえる。
「ごっ、ごめん! 寝坊しちゃったから先に学校に行っててくれる?」
今外に出られる格好をしていないことは明らかだ。間に合うかどうかはわからないが、これから準備しなくてはならないのである。そのために彼を待たせてしまうのは申し訳ない。
「ほう。貴様はこの俺様の護衛をしないというのか? ……許さんっ、許さんぞ!」
「田中くんなら強いから大丈夫だよ。破壊神暗黒四天王もついてるし」
「ならん! 彼らの力は来たるべき″組織″の者共との戦いに備えて隠しておかねばならんのだ! どこで監視者が見ているかわからんからな」
よくぞここまで設定を広げられるものだ。しかし一人で行くつもりはないという気持ちはしっかりと彼女に伝わっていた。
「ありがと……。すぐ、準備してくるから!」
「ふっ、3分間だけ待ってやろう」
「3分なんて無理ィィィ!!!」
朝ごはん抜きにすることでなんとか15分で支度を整え玄関を出ると、そこには破壊神暗黒四天王と戯れる田中がいた。穏やかな顔つきで彼らと遊ぶ田中の横顔を見て、彼女は今日も一日が始まったことを実感するのだった。
●つづく。
@2013/08/27
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