● 03
お昼前の体育の授業は、いささか複雑な気持ちになるものである。ご飯まで後少し気合いを入れて頑張るか、はたまた空腹に負けてここは体力温存を狙うか。
前者は石丸や大神、朝日奈たちだ。元気溌剌と、空腹なんてものともせずに運動に励んでいる。幸いなことに授業内容が自由運動だったため教師もおらず、後者のみんなは体育館の隅の方でだるそうに過ごしていた。
「あーダリィー。早く昼休みになんねーかな」
「ホント、あいつら腹空かないのかって。石丸と大和田なんかずっとでかい掛け声あげ合ってさー」
二人は卓球台を挟んで対峙し、灼熱の試合を繰り広げている。時折体育館内から漏れるほどの気合いを入れた掛け声が放たれるが、それは試合開始の合図らしい。
「行くぞ、兄弟!」
「おうよ! かかって来いやァ!」
冬真っ只中だというのに、そこだけは真夏のように燃え上がっていた。
「スポ根漫画から出てきたような図だべ」
「あっちもあっちで、楽しそうだよぉ」
不仁咲が言うあっちは、バレー組である。残りの苗木たち十人で五人と四人人でチームを作り、一人が審判という形で行っている。
審判は当然といえば当然だが、セレスだった。優雅にロイヤルミルクティーを飲みながら試合の成り行きを見守っていた。
「ななしのさん、来ますよ!」
「うん、任せて!」
上手くサーブを返す彼女のボールはそのまま緩やかに弧を描き、相手側のコートへ。それに向けて山田が、あの山田が動く。
「レシーブは拙者に任せろー! ですぞ!」
言葉通り、上手くコート内に打ち上げる。運動はからっきしダメだと思っわれた彼は、スパイクこそ打てはしないものの基本動作は素早くできるようだ。
「山田クン!? キミにそんな一面があっただなんて……」
「嘗めてもらっては困りますな! 日頃セレスティア・ルーデンベルク殿に鍛えて頂いた結果が出ただけですぞ」
「私には山田君を鍛え上げた覚えはありませんわ。さて、お代わりをお持ちくださる?」
「はいいい! ただいま入れて参ります!」
目にも留まらぬ早さというやつで、ティーカップをセレスから渡された山田は体育館から食堂へと行ってしまった。なるほどこれが特訓かと、誰もが納得する動きで。
がやがやとする中、落ちてくるボールをさらりとトスした戦刃、それを打つのが朝日奈だ。
「ななしのさん、返して!」
豪速球のボールが真ん中に飛んでくるのを予感して、霧切が指示を出す。しかしローテーションでセンターになってしまっただけのななしのが朝日奈のボールを打ち返せるはずもなく。
「うっ、わわわ!?」
とりあえず手には当たったが、あらぬ方向に飛んでいってしまい結局アウトになってしまった。
「すまぬ……。我が返しておれば」
「ううん、大神さんはセッターだもの。わたしが取らなきゃ。霧切ちゃんごめんね!」
「別にいいわよ。謝らなくたって」
ふい、とそっぽを向く彼女。いつもこんな感じなのだが、決してななしのに嫌みとして言っている訳ではない。しかしそう聞こえてしまうのも無理はないだろう。
「そっか、じゃわたしボール取ってくる!」
遠くに飛んでいったボールを追いかけて、ななしのは駆けていった。
そんな彼女の背を、霧切は寂しそうな瞳で見つめていた。
●つづく。
@2012/02/18
←back
←top