● 01
授業と授業の間、移動教室のため学園の廊下を歩く男女。他愛もない会話で盛り上がっているように見えるそれは、端から見ても深い中であることが想像できる。
それを影から見つめるのは、ななしのと朝日奈と江ノ島だった。三段重ねというのが一番しっくりくるような体制で彼ら――苗木と霧切――を吟味するように見ている。こちらはどう見ても不審者極まりない。
「うーむ、わからないわ」
「私もだよ。二人に何があったんだろ」
「てゆーかさ、なんでアタシが付き合わなきゃいけないワケ?」
「いいじゃない、盾子ちゃんこういうの嫌いじゃないでしょ?」
「まーね! 面白そうだと思わなきゃ来なかったしー」
そうこうしている間に二人は先へと進んで行く。ほらほら、と次の角への移動を急かす朝日奈の声に一同は抜き足差し足で動き出した。
「わっ……!」
「ななしのちゃん、危ないっ!」
どんくさいという表現がとても似合うななしのは、段差が無くても転べる。ここでその悲しい特技が出てしまったようだ。朝日奈の忠告は遅かったようで、見事に何も無いところで躓き、勢いよく冷たいタイルの床に顔面激突した。衝撃音もなかなかのもので、それは廊下にいた生徒たちが皆振り返るほどである。
「いたい……」
「ダッサ! ホラ、掴まんな」
やれやれと呆れ顔の江ノ島が手を差し伸べる。その手を取って立ち上がると、心配した朝日奈が大丈夫?と声をかけた。もちろん大丈夫ではなく、相当痛いのだがそこは笑顔で流しておく。
「あなた達、何をしてたのかしら? こそこそと後ろからついてきていた様だけど」
「う、き、霧切ちゃん……」
いつの間に近くに来ていたのだろう、江ノ島の向こう側に立つ彼女は切れ長の眼で三人を見据えていた。ななしのは目が合ってしまった途端、頬を赤らめて俯く。霧切の背後には事態が掴めていない苗木がいる。
「あは、あははははー。何でもないよ!」
朝日奈は笑ってごまかそうとするが、何でもない訳はないのは既に察されている。ななしのがそれは、えっと、などと答えに戸惑う中。
「次の授業、移動教室っしょ? アタシらも一緒の授業だし後ろ歩いてて普通じゃね」
とっさの言い訳としてあっさり正論を述べたのは江ノ島だった。助け舟が出た事でどうにもできない二人が激しく頭を縦に振っている。
「……それもそうね。つけられていた、と感じたのは気のせいかしら」
「そうそう。霧切は何でも深く考え過ぎー」
明らかに授業道具を一切手にしていない彼女らの嘘はバレバレであったが、ここは引き下がってくれるらしい。
「行きましょう、苗木君」
「え、どうせならみんなで一緒に行けば……」
「大丈夫よ。……彼女たちは一度教室に戻るようだから」
すたすたと自分を通り越して前を歩く彼女に追いつこうと、慌てて歩きだそうとする。その左手が不意に引っ張られて何事かと振り返ると。
「ななしのさん?」
「これ、後で」
無理やり押し込むように苗木の左手の中に何かを入れて握らせた。確認しようとする彼を目で制止して、じゃあまた後でねと何事もなかったかのように、後ろの二人と共に去っていった。
「苗木君、何かされた?」
「な、なんでもないよ。行こっか。授業に遅れちゃう」
また最初と同じように二人並んで歩き出す。左手には渡されたモノ、丸められた紙の感触があった。
●つづく。
@2012/02/14
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