夢小説 | ナノ


秋ですよ。@田中夢


 ご機嫌な足取りで道を歩く少女が1人。その腕の中にはほかほかと湯気を立てる焼きイモが2本、茶色い袋に入って大事そうに抱えられていた。あたたかく甘い香りを嗅ぐだけで気分が高揚してしまうのだろう、まだ食べてもいないのに彼女の顔はとても幸福に満ちていた。
 学園からの帰り道、彼女は空腹に頭を悩ませていた。そこで途中立ち寄ったスーパーにて焼きイモを購入したのである。すぐに食べたいところであったが、家に帰るまで我慢して食べれば美味しさもひとしおである。冷めないうちに早く帰ろうと急いでいた。
 しかし角を曲がった先に知った人物を見かけて、その足は止まる。

「あ、田中くんだ」

「ほう……このような場所で会うとは奇遇だな」

 クラスメイトである田中だった。彼は向こう側から歩いてきたようだが、ということは少女よりも早く学園を出たかもしくはスーパーに寄っている間に追い越されたようだ。しかしその場合相当な速さで学園を飛び出したことが予想されるだろう。

「さっき授業終わったばかりなのに、もうこんなとこにいるなんて……何かあったの?」

「フッ、貴様に知る権利があると思っているのか?」

「うー……教えてくれないなら田中くんのこと嫌いになる」

「なァッ!? グッ……下等種族が粋がりおって! だが、そんな手に乗る俺様ではない! 泣いて媚びよ、さすれば教授してやらんこともない」

「うっく、ひっく、教えてくださいませんか、田中さま……」

 完全に嘘泣きであるが田中はそんな彼女の様子に満足したらしく、不敵に笑った。

「フハハハハハ! そうまでして教えを請うのならばいいだろう! とくと聞くがいい!」

 機嫌が良くなった田中は饒舌に話しだす。
 どうやら田中の知り合いの家がこの近所にあるらしく、そこでは犬を飼っているらしい。その飼い犬の様子がおかしいと聞いたため様子を見に行ったそうなのだが、ただの食べ過ぎで体が思うように動かなくなっていただけだったそうだ。その家から帰る途中に彼女と遭遇したと田中は言う。
 道理で田中が大急ぎで学園を出た訳である。動物が関われば彼はきっと世界の裏側まで今すぐに飛んで行くだろう。

「他の家の動物まで診てあげるなんて、田中くんは優しいんだね」

「……と、当然のことをしたまでだッ! 俺様のこの手で救える魔獣がいるのならば、神に歯向かう事すら厭わぬ」

 なんだか少しかっこいいと感動した気持ちを遮るように、少女のお腹が空腹を知らせる声で鳴いた。更に続けて田中のお腹からも同じような音が聞こえてくる。2人は顔を見合わせた。

「……田中くん」

「クッ……! そんな目で俺様を見るな……」

「だって田中くんもお腹空いたんでしょう?」

 学園から全力疾走して、更には一仕事してきた後である。少女ですら空腹のあまり焼きイモを買ってしまうくらいだ。田中が今まで我慢できていたのが不思議なくらいである。

「あのね、そこの公園でよかったら一緒に」

「断るッ! 覇王が空腹如きを気にかけるなど」

 再び田中のお腹が鳴る。本人とは違いとても正直なお腹だ。悔しそうに彼は音が鳴った場所を睨みつける。
 この様子ではどうにも埒が明かない。かといって2本の焼きイモを持っているのに分け与えないことも少女にはできないのだ。なんとかして田中に食べさせようと彼女は口を開いた。

「あの、わたくし田中さまに捧げる生贄をお持ちいたしましたので、どうか食べてはくださいませんでしょうか……?」

「フン……我に食して貰いたいと懇願するか。雑種の糧など普段は口にせんのだがな。貴様がどうしてもというのであれば、付き合ってやらんでもない」

「やった! ほらほら早く、公園でゆっくり食べよう!」

 田中が食べると言ってくれたならもうあとは耐える必要はない。待て、という田中の声と足音を聞きながら少女は駆けだした。



●終わり。

clap thanks!!

@2013/09/11


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