夢小説 | ナノ


エレキテルに導かれて


 ここはどこだろうかと七篠は周囲を見渡す。電気屋の立ち並ぶここは、彼女の知らない街である。ではなぜそんな場所にいるのかと問われれば、ここに用事があるという田中についてきただけなのだ。
 携帯の調子が悪いと彼が言い出したのは2日前のことだ。ならば前にその携帯を買った店に行けばいいと助言をしたのは七篠だった。だが田中の言うその店がある街に彼女は行ったことがなく、店の名前を口にされてもわからないとしか言えなかった。
 そんな折、癪ではあるがと田中が助けを求めた相手は、彼の友人らしい、携帯の購入を手伝ってくれた人物であった。地図を書かせたと次の日彼が持ってきた紙きれには下手くそな字と線で店の場所が書かれていた。
 だが果たしてそれだけで、俗世を苦手とする彼が店に辿り着けるだろうか。心配した七篠は一緒に行くと言って勝手についてきたのである。彼は照れくさそうについて歩くことを了承してくれたが、手を繋いでいたわけでもなく後ろをただ追いかけるだけの彼女が、先を歩く背を見失ってしまえば逸れてしまうのは必至のことであった。
 少し田中から目を離してしまっただけのはずなのに、彼女はぽつり、一人で電気屋が立ち並ぶ商店街に取り残されることになってしまったのである。
 彼は駅からの道を書いてもらった地図があるが、自分には何も道しるべがない。目指していた店の名前もきっちり覚えているわけでもなく、携帯で先ほど降りた駅までの道を見てみてもごちゃごちゃとした道路が複雑に絡み合っており、下手に動くと余計に迷子になりそうである。なによりも、さきほどまでは田中が前にいてくれたから安心して前に進むことができたが、ひとりで知らない街を歩くのは少し怖かった。
 調子が悪いという彼の携帯に、無理を承知で連絡のメールをしたり電話をかけてみたりしたが、返事はなかった。できることがなくなってしまったが、どうもしないわけにもいかない。交番でも探してみようかともう一度携帯を取り出した。

「おっ? なあなあ、もしかして菜々子ちゃんじゃね?」

「え……あの……?」

 検索をしようと構えた指先が止まる。声がかけられた方を向いたが、彼女の知っている顔ではない者がそこに立っていた。だが相手は自分の事を知っているようである。知り合いの中に思い当たる人物を記憶の奥底から探すが、やはり、ピンク色の髪の毛に黄色のツナギを着るような人物に心当たりはなかった。

「あーゴメンな。やっぱびっくりさせちまったよなぁ……。オレは田中のクラスメイトの」

「オイ左右田! テメェ、はぐれたと思ったら……ナンパしてんじゃねーよ」

「ナンパとちげーって! ちょっくら知ってる子見かけたからつい、な」

「はぁ? テメェに女の知り合いがいるなんてのは初耳だぜ?」

「や、知り合いっつーか、一方的に知ってる? みたいなやつでさぁ……話すのはこれが初めてになるな!」

「それ知り合いって言わねェよ」

 彼を叱るのは更に見た覚えのない、スーツ姿の男の子であった。髪の毛を刈り上げてネクタイまでして一見その筋の人の様に見える格好をしているのだが、彼女には可愛らしい男の子にしか見えていなかった。
 そんな彼女の目の前で仲良さ気に話す2人はどうやら自分の話をしているようだ。すっかり置いてけぼりを食らった彼女はうろたえながらも口を開いた。

「えっと……すみません、どちら様方でしょうかっ?」

「おおう!? ワリィワリィ。オレは田中のクラスメイトの左右田和一っつーんだ。前に田中と一緒にいるとこ見たことあったから、菜々子ちゃんの顔覚えててよ。つい声かけちまった」

「へっ! そういうことかよ……。オレは九頭龍冬彦だ。同じく田中のクラスメイトだぜ。よろしくな」

「わあ、田中くんのお友達なんですね! 初めまして。わたしは七篠菜々子です。いいいつも田中くんがお世話になってます……!」

 緊張しつつ丁寧にお辞儀をする彼女に左右田が驚いた顔をする。どうやらあの田中にこんな礼儀正しく常識のある、まともな女の子の彼女がいるという事実が信じられないらしい。そんな彼の様子を見て、九頭龍は鼻で笑った。

「左右田よォ、ちいっとばかし田中を見習った方がいいんじゃねぇか?」

「う、うっせうっせ……。羨ましくなんかねーんだからな……!」

 九頭龍の的確なアドバイスと泣きそうな左右田を見て、七篠はくすくすと小さく笑った。

「それくらいで泣くなよな……。で、テメェは今日は田中と一緒じゃねーのか?」

「あっ、そのですね、実は」

 これまでの経緯を話すと、彼らは彼女が田中とはぐれて困っている事を瞬時に把握してくれたらしい。何かを考え込むような仕草をし始めた。
 手っ取り早い方法としては、田中のいるであろう携帯ショップに案内してもらうことが一番である。この広くてあらゆる店が立ち並ぶ街のどこに該当する店があるのかは、田中のために店を案内した張本人の左右田が一番わかっていた。

「ヨッシャ―! オレが田中の向かった店に案内してやるぜ!」

「ほんとですか!? ありがとうっ!」

 渡りに船とはこのことである。もう他に彼と合流する手段がない以上断る理由などなく、彼女はその申し出を嬉々として受け入れたのだった。
 いつもならば彼女は知らない人について行くことなど言語道断で、警戒心を抱かずにはいられないのだが、このときばかりは心中を穏やかなものにしていた。
 というのも、彼らからどこか田中と似たようなものを感じ取ったのである。見た目の派手さ、口調のキツさが目立つ2人であったが、放つ言葉に悪意を感じられなかったのだ。
 人見知りの七篠でさえ自然と笑みが零れるほどに、彼らは面白おかしい話を七篠に聞かせてくれた。2人は道中、彼女に声をかけては和やかな雰囲気を作ろうと気を遣ってくれるのだった。

「変な事を聞くようですけど、その……田中くんって、クラスに馴染めてますか?」

「あ? んなことわかるかよ……。基本、付き合いは悪いぜ」

「あいつたまにホンットに何言ってるかわっけわかんねーしなー。けどよォ、なんとなくだけど……ワリィ奴じゃねー気はする」

「遊びに誘われると上から目線で断った上に、何故か嬉しがってやがるとこは……素直じゃねェよなって思う」

「そうですか……。彼、不器用なんだけどほんとは優しいし寂しがりなので、どうかいっぱい遊びに誘ってあげてください。どうしても他人と壁を作ってしまうから言葉を理解することは難しいと思うけれど……それが田中くんなんです」

 彼女の田中を思いやる言葉に2人は肯定の意を示し、返答した。自分の言葉が上手く相手に伝わったことに安堵したらしく、ほっとしたようにそっと微笑んだ。左右田はそんな言葉を吐いてもらえる彼女がいる田中を羨んでまた、目じりに涙を溜めるのであった。

 他愛のない話をしながら一行は進む。だいぶ長い距離を歩いているように思えるが、まだ着かないらしく左右田の足は速度を変えない。そして、次第に七篠の中には微かな不安が募っていくのだった。
 こうして彼女と離れている間に彼は、挙動不審過ぎて警察を呼ばれたり、常識のない人たちに絡まれてややこしい事に巻き込まれているのかもしれないのだ。不安だということを彼は表立って顔に見せることはないが、街中は彼の苦手分野なのである。その心中を慮ると早く合流しなくてはいけないのは当然だ。彼女は導いてくれる彼らを急かすように、少し早足になるのだった。
 そうして様々な電気屋が立ち並ぶ街道を左右田に導かれて歩いてきた七篠だったが、ようやくその途中で見慣れた、人混みの中にあっても目立たざるを得ない紫色のマフラーが揺れているのを発見した。遠くに見えるそれは、見紛うことなく田中のトレードマークのマフラーであった。

「あっ、田中くん……!」

「おー、ありゃ確かに田中だ。会えて良かったな、菜々子ちゃん!」

「オウオウ……テメェを探してるみてェだぜ? ……早く行ってやんな」

 2人は田中に駆け寄ろうとする七篠の後を追おうとはしないようだった。彼らなりに気を遣ったのである。今は放課後の、彼女と田中だけの時間であったはずなのに、ここで2人が出て行ったならば忽ちそれは色を変えてしまうだろう。
 後ろからついてくる足音が聞こえないことに気付き振り返った彼女の瞳には、見送るかの様に少し離れた所から軽く手を振る2人の姿が映った。なぜそうしているのかということにすぐ気付くことができた彼女は、彼らに向き直り口を開いた。

「あのっ、案内してくれて、ありがとうございましたっ……!」

 会釈のようにやんわりと頭を下げて、彼女は彼の元へ走って行く。人混みをかき分けてひらひらと揺れるマフラーを目指して。

「……ったなかくん!」

 彼女の声に足音に、彼は振り向いた。その表情は驚いてなどおらず、毅然としてただ目の前にある者を見据える瞳を宿していた。マフラーに隠れ微かに外界から覗くことができる彼の口元が動きだす。

「菜々子ッ……どこへ、行っていた?」

「ちょっとはぐれてました! ……ごめん」

「貴様という奴はッ! こんな俗世の澱んだ大気の元で俺様の結界領域内から一歩でも出てしまえば、魔力を持たぬ人間がどうなってしまうのか……。俺様の配下である貴様が知らん、ということはないはずだが?」

「ごっ、ごめんね。もう、はぐれないようにするから、だから……許してください!」

 申し訳なさそうな顔で田中の顔を見上げながらそっと彼の学ランの裾をつまむ。彼女のそんな些細な仕草に彼の心臓は鼓動を速めた。

「くッ……!? 貴様が俺様の核を混沌とさせる″破滅を招く指先″(パンデミック・フィンガー)を持っているとは……いつの間にそんな術を身につけたのだ……!?」

 彼女にしては些か積極的な行動であった。勝手に逸れてしまったことに対する怒りなども消し飛んでしまうほどに動揺してしまう。
 そんな彼がふと彼女から視線をあげると、少し遠くの街道沿いに見覚えのある人影が見えた。
 途端、彼女がはぐれてしまった後、どうやってここまで来たのかということを全て悟った彼は、彼女につままれた箇所を払いのけることなく、ゆっくりと今見た人影に背を向けて歩きだした。合わせるように彼女も指先を離さないまま彼の隣を歩いて行く。

「どうしたの?」

「……″組織″の奴らが向こうからこちらの様子を窺っていた。早急にこの場から離れなければ、奴らの餌食となり果てるだろう。特に貴様の様な、防衛手段を持ち合わせていない下等種族ともなれば直ぐに懐柔される。それは……そんな最悪の事態はなんとしても避けなければならんッ……!」

 どこか焦る様に、苛ついたようにどんどん歩みを進めて行く彼に七篠は引き摺られるかのようについていく。だがおそらく、彼が今向かっている方向は帰りの駅とも店があるであろう場所へも通じてはいない。だんだんと周囲は店が少なくなってきており、またその先には住宅街のらしきものが広がっているのである。疑問を持たずにはいられなかったが答えは大凡見当がついた。彼は目的を忘れるほどに何かの感情に突き動かされているのである。

「えっと……怒ってる、んだよね?」

「……ッ! 俺様は憤ってなどいないッ!」

 顔を僅かに歪ませて彼はその感情に支配されてしまっていることを露わにした。なぜなのだろうかと理由を考えたとき、一番に頭に思い浮かぶのはやはり勝手に迷子になってはぐれてしまったことなのだが、どこか違う気がするのはなぜなのだろうか。答えは彼の言葉の中にある。″組織″という言葉と誰かが見ていたという言葉に引っかかりを覚えた彼女は思考を巡らした。思い当たる事があったのである。

「ね、田中くん」

「……なんだ」

「さっき迷子になっちゃったとき、″組織″の人達に助けてもらって田中くんのとこまで辿りつくことができたの」

「ッ! ……ほう、やはり関わっていたか」

「でも、変なこととかされてないよ?」

「甘いッ! それが奴らの洗脳手段だということになぜ気づかんのだッ!? もし万が一ッ……」

「万が一?」

 感情的になった田中がつい口走りそうになった言葉は、絶対的に己の力を信じている彼らしくないものであった。そこから先を彼女に急かされても一向にその先を言わずにいられたのは、熱を持った自らの思考が、放ってしまった言葉を聞いて冷静さを取り戻したからであった。

「……忘れろ。少々喋り過ぎたようだ。……貴様が、ああ……そんなことは、ないだろうからな」

 自分の中に生まれた不確定で、黒く歪んだ醜い感情を無理矢理納得させるように彼は静かに呟いた。
 隣で難しい顔をする彼に、七篠はある一つの結論を見出だした。その事実は、普段の強気で堂々としている彼には似つかわしくないものであり、嬉しいようで困惑してしまうような、どこかこそばゆい感覚を彼女に抱かせた。

「うん、あり得ないよ。だって、わたしが一生ついて行きたいって思えるのは……たっ、田中くんだけだからっ……」

 照れくさくて彼とは目を合わせられず、隣を歩きながらもついその視線は俯きがちになってしまうのだった。
 そんな、顔を赤くして恥ずかしさに唇を噛みしめる彼女の頭に、優しく触れる手のひらの温もりが伝う。不器用に撫でるその手の持ち主はもちろん隣にいる彼である。はっとして顔を上げて彼の方を見ると、マフラーで真っ赤になった顔を隠していた。辛うじて前は見えているのだろうが、今にも顔を全て埋めてしまいそうなほど照れ隠しをする彼に彼女はふふ、と柔らかに笑った。
 いつの間にか、もうすっかり日も落ちかけている。携帯ショップはまた今度来ようかと新たに約束をした2人は、夕日に見送られながら来た道を引き返し、駅へと並んで歩きだすのだった。



●終わり。



@星屑オーケストラの利緒さんに捧げさせていただきます!
やきもち妬いちゃう田中くん…とのテーマ、沿えているかわかりませんが思考錯誤した結果こんなんできました。なんだかだらだらと長くなってしまいましたが、やきもちっぷりを表現できるようがんばってみました…!
相互感謝の意を込めて、捧げさせていただきます*
利緒さんのサイトでは優くて照れ屋さんな田中くんの夢を書かれていますので、ぜひぜひご訪問くださいませー!



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