夢小説 | ナノ


面白いものみっけ


 ここには癒しも娯楽もない、と嘆くのは現代っ子の見本とも言える七篠だった。彼女の日常はネットや買い物やDVD鑑賞によって築かれていたのだが、ここにあるそれら全ては彼女の思考についていけないものだった。もう帰りたいと駄々をこねる姿は西園寺にも笑われてしまうほどで、どうにも誰にも手に負えない状態である。
 日を重ねるごとにその喚く頻度は少なくなってきていたが、やはり根底にあるものは覆せないようで、彼女はいつも不満気に物言わぬ海を見つめるのだった。

 そんな我儘姫も協調性がないわけではない。ただ素直に未知のものを楽しいと思えないだけ、例えば澪田の様に、新しいもので楽しめるよう事を起こさないのだ。最初からつまらないものと思って近づいては、どれも最大限に楽しめたものではないだろう。日向や小泉が気を遣っていろいろなことに誘えば乗ってはくれるのだが、どこかつまらなさそうな顔をしてありがとう、ごめんねと気まずそうに去っていく。彼女に楽しかったかと聞くと肯定の言葉が返ってくるのだが、その時に見せる笑顔は偽物だと小泉はわかっていた。
 だが採取の仕事はきっちりとこなす。それだけは皆が共通して認める彼女の能力であり印象であった。

「帰りたい。今すぐ帰りたいいいー!」

「うっせー! オレだってなぁ……お前と一緒なんか嫌だっつーの!」

「よくもまあそんなことを……採取はわたしに任せてどっかでサボってろ非戦力野郎!」

「チクショー……言い返せねえよぉ……」

 技術や作業の進行能力は七篠の方が遥かに高い。少なくとも口だけ動かしてはだるいだのメンドクセーだのを延々言い続ける左右田よりは、成果を出せる。しかも今回は遺跡周辺である。軍事施設などであればノリノリで働きだす彼であったが、ここは苦手分野だった。日向に文句を言うと想定体力残量の関係上仕方ない、と説得されてしまった。

「わたしはあっちで黙々とやるから、左右田くんは水を集めてきてくださーい」

「楽できるならいいか……。わかったよ、汲んできてやらあ」

 七篠から手渡された大きな水筒2つを手にしてその場を離れる。遺跡の近くには滝があって、そこに溜まっている水が飲めるものだったはずだ。七篠はその他の物資を探し出してくれるというのだから、とても楽な仕事内容だ。彼女はとっつきにくい性格ではあるがこういうところでは気を利かせてくれる。自分のできないことはなるべく手をつけないようにしているが、無理にでも教えれば次の日からは少しずつこなしてくれる。たまに無茶なわがままを言うが、案外優しいのではないかと左右田は思う。
 滝、と言うよりもそこから流れ出た水が溜まった湖に着いた。涼しげな風が頬を撫でる。左右田は早速水筒の蓋を開けて水を採取出来そうな場所を探す。ちょうど浅瀬の様になっている場所を見つけ、そこへ歩いていく。そこで水筒の中身を満たせば終わりだ。
 簡単な仕事だったなあとすっかり気を抜いた左右田の足元に、大きな岩が転がっている。彼は気づかず歩みを進め、そして。



 いいからこれで拭きなよ、と左右田に手渡されたのはふわふわのタオルだった。ほんのり甘い香りがするなんて感想を言いたいところだったがもうそれどころではない。それでできる限り水気を取らなければ。じっとりと濡れた作業着を腰まで脱ぎ、借りたタオルで露出した肌に付いた水滴を拭く。

「で、なんで水を取りに行っただけでそんなに濡れたの? 水浴びは服を脱いでからを勧めるよ」

「うっせー! ちょっと躓いちまっただけだ! てか、どうせだったらひと思いに笑ってくれよ……」

「ぷすー、くすくす」

「それあのヌイグルミのマネだろ!? しかも棒読みだし! 真顔で言われると腹立つな!」

 気を抜いてしまった自分が悪いのはわかる。そのせいで石に躓いて転んで、その先が浅瀬の薄ら水が張ってあった場所であったが故にびしょ濡れになる羽目になったのだ。
 こんな醜態を見せたくはなかったが、そのままでは気持ちが悪いし何より水を汲んで帰らなければならないのである。仕方なく戻ってきたはいいが、まるで無機物でも見るかのように七篠はきょとんとした顔をしてタオルを渡してきたわけである。
 心配でもなくこんな冷静な扱いをされるくらいなら一層のこと素直に笑われた方がマシなものだが、眉根一つ動かさない彼女を見てなんだか自分がみじめに思えてきた。

「やってらんねえ……。タオル、ありがとよ。洗って返す」

 じわりと目じりに涙を溜めながら七篠にタオルのお礼を言うと、興味深いとでも言うように彼女が顔を近づけてきた。

「左右田くん、涙目だ」

「っな、なんだよっ!?」

「ふふ、今度はびっくりしてやんのー。ころころ表情が変わるねえ。左右田くんのそういうとこ、面白い」

「あー……七篠、お前、いま……」

 面白い、と彼女の口から耳を疑うようなものが零れた。そして楽しそうに笑っているではないか。異常なものを目撃することになるとは思わず、呆けたように口を開けてしまう。

「わたしがなに?」

「いや、なんでもねーよ。ははは……」

「そう? それじゃ、コテージまで帰ろっか!」

 どうやら見間違いではないらしい。左右田の先を行く彼女はまた、楽しそうに笑っている。何がそんなに楽しいのか、と問えばきっとお前の顔だと返答するのだろう。普段いらいらした顔や無表情しか見せない彼女が、まさか自分の顔を見て笑うとは。どこか輝いて見えるその表情を見てぽろりと感想が口から漏れる。

「お前、笑うとカワイイじゃん」

「……で?」

「なんでもねーよ……」

 思ったよりも冷たい態度しか返ってこなかった。てっきり赤面したり、慌てたりするのかと想像したのだが、やはり彼女は一筋縄ではいかないらしい。逆に言った左右田の方が恥ずかしくなってきてしまい、ほんのりと頬に赤みが指した。

「なんで左右田くん照れてるの?」

「うっせーうっせー! こっち見んじゃねー!」

「わー怒られたあ。お詫びにまた採取一緒になってあげてもいいよ」

「いっ……や、マジで!? へへ、それは助かるぜっ」

 なんとも現金なものである。彼女に採取を丸投げして楽をしようとしている図が見え見えであるが、彼女自身はそれでも左右田と共に作業に当たることを不服としていないようだった。

「左右田くんとならこの島の暮らしも悪くないかもね」

「どういう意味だよそれ!?」

 道中こんな調子で帰るものだから、それを目撃したみんなに仲が良いのかと勘違いされることになるのである。



●終わり。


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