夢小説 | ナノ


A symbiotic relation


 次の授業はさてなんだっただろう。授業を終えたばかりの美術室で、七篠は次の教室へ向かうために机の上に投げ出したままの鉛筆や消しゴムをしまう。美術は得意ではないが嫌いな授業ではない。しかし如何せん実践が伴う授業のために、どうしても必要な道具が多くなる。忘れ物をしやすい彼女にとって、持ち物が多いのはやっかいであった。
 鉛筆、消しゴム、それと教科書とスケッチブック。全部持ったことを確認していると、後ろから声がかかる。

「菜々子ちゃん! 次は体育っすよー! 早く行かないと唯吹がバスケット用のゴールを虫取り網と交換しちゃうっす!」

「ダメだよ唯吹ちゃん! 最初はいいけどそのうち詰まる!」

「破けるくらいのミラクルシュートを決めた人が勝者っす!」

「それもうバスケットのルールと違う!」

 体育の授業になると興奮してしまうのか、はしゃいだ声を上げながら澪田は先に教室を飛び出していった。なるほど、体育かと思い出した七篠もそのあとを追おうと授業道具を持って教室の扉へ向かう。

「はわ、はわわわわっ……!?」

 背後からそんな声と共にあらゆる物が床に散らばる音が聞こえた。とっさに振り向くと、クラスメイトの罪木がスケッチブックから何から全て床に散乱させていた。ペンケースのチャックを閉め忘れていたのか文房具もあちらこちらへと転がっていた。泣きそうな顔で床に座り込み、落ちた物を拾い集め始める。

「罪木ちゃん、大丈夫?」

 七篠が慌てて駆け寄ると罪木はぱぁ、と顔を明るくさせて彼女の手を取る。

「うゆぅ……七篠さぁん……! 七篠さんだけは私のこといじめないでくれるからぁ、大好きなんですぅ! えへへへ……」

「だって罪木ちゃんわたしの好みだからね! 拾うの手伝うよ」

 そんな2人をまだ教室に残っていたクラスメイトたちが見ていくが、この2人の間に割って入ることができないのは周知の事実だった。花村が鼻血を垂らしながら「めくるめく百合の世界がそこに……。3Pもありだよね!」と言って混ざろうとしていたが、ここで割り込むと彼女らに八つ裂きにされるのがオチである。左右田が彼の襟を引っ張ってそそくさと教室を出て行った。
 そうして残されたのは彼女らだけで、罪木はそんな空間を愛おしがるように満面の笑みでボールペンを拾う。

「あれ?」

「ふぇぇ、どうかしましたぁ?」

「なんかね、見覚えのあるシャーペンがあるなあと思って」

 彼女が今しがた拾ったばかりの水色のシャープペンシルを罪木に見せると、とてつもなくイケナイ物を見たような青い顔でそれを彼女の手から強引に奪い取る。

「ひゃうぅぅぅ!! だ、だめですよぅ、これは私の大事な……」

「大事な?」

「えと、なんでもないんですぅ。えへ、えへへへっ」

 隠すようにシャープペンシルをペンケースの中にしまう。まるで七篠に見られることを避けるかのように。
 かつて自分のペンケースに入っていた気がしないでもないと違和感を感じる七篠だったが、自らが忘れっぽい性格であるとわかっているため何かとの見間違いだろうと気にしないのだった。

「あとは……スケッチブックだね。はいっ」

「七篠さん、あの、あの、ありがとうですぅ……」

 赤面して嬉しそうにそれを受け取る。そんな罪木の手に渡ったスケッチブックの中からはらりと1枚の紙が落下した。宙に舞いながら不規則な動きで床を滑っていく。七篠の足元へと辿り着きを動きを止めた。当然拾ってあげようとしゃがむ彼女の行動を遮るように、罪木が体ごと襲いかかってくる。

「だっ、だめですぅ……!!」

「わあぁあぁ!?」

 2人は床に倒れ込み下になった七篠は強かに尻を打つ羽目になった。罪木に押し倒された状態になるが、彼女の体は柔らかく、痛みよりもむしろ触れているあらゆる箇所に意識が行ってしまう。

「おお……これは……素晴らしい。女の子はやっぱりこうでなくちゃ」

「はひぃぃぃ!? ごっ、ごめんなさいぃぃぃ! すぐ退きますからぁ、嫌わないでくださぁい!」

 むしろもう少しこのままでもいいかもしれないと七篠が思い始めたあたりで罪木の体温が離れていった。七篠も体勢を立て直そうと体を起こすために右手を衝く。くしゃり、という音とざらざらとした薄いものの感触がそこにはあった。罪木のスケッチブックから出てきた紙である。今倒れ込んだのもこれが原因だ、一体何が描かれているのだろうとそれを手繰り寄せた。

「ひゃああん!! 見ちゃだめですぅ!!」

 必死にそれを取り返そうと罪木が手を伸ばす、が既に手遅れだった。

「あれ、これって……わたしが描いた、罪木ちゃんの顔じゃない」

 イタズラ描きとも言えるほどに適当に描かれた雑なものであるが、しかしそこには微笑む罪木の顔が拙い絵柄で描かれていた。

「でも、おかしいな。これわたしのスケッチブックに描いてたたはずだけど、なんで罪木ちゃんが持ってるの?」

「ううゆぅうぅ……ええーっと、それは……ううぅ……ぐすっ、うっく。……ごっ、ごめんなさいいぃぃぃ!!」

 泣きだしてしまう罪木の頭に七篠はそっと手のひらをあてて優しく撫でた。ばらばらに切られた髪の毛がさら、と指の間を通っていく。しばらくそうしてあやしていると、落ち着いたのか嗚咽が聞こえなくなった。

「ね、怒らないから正直に話してくれる?」

「で、でもぉ……。とおぉーっても、悪いこと……ぐすっ……しちゃったんですよぉ」

「大丈夫だよ。わたし、罪木ちゃんのこと大好きだもん」

「ふぇぇぇ……七篠さぁん!」

 罪木が七篠に抱きつく。肩の後ろに腕を回して一生離さないとでも言うように強く密着する。

「わた、わたしっ……人に似顔絵を描いてもらったことなんてなくてぇ、しかも七篠さんが描いてくれたのですからぁ、えと、どうしても欲しくってぇ……。は、白状しますと先ほどのシャーペンもぉ、七篠さんのなんですぅ。借りたあと返さなくちゃって思ったんですけどぉ……人に物を貸してもらうのなんてっ、ぐすっ、初めてでぇ……それでぇ」

 つい、隙を見てスケッチブックから絵を抜き取ったのだという。好きな人の物を持ちたいという気持ちが行き過ぎてしまったらしい彼女の行動は、普通ならば許されざる行為だろう。
 黙って聞いていた七篠も罪木がそれ以上しゃべらなくなったところで口を開いた。

「……うん、罪木ちゃんの気持ちはよくわかったよ」

「ふぇぇ?」

「わたしのことが大好きだってことでしょ! もう、欲しいものがあるなら言ってくれればいいのにっ!」

「七篠さぁぁん!」

 罪木の行為は七篠に咎められることはなかった。むしろ2人の仲が更に深まったような感覚にさせる、そんな風に互いのことを抱きしめるのだった。

 そうこうしているうちに始業を告げる鐘が鳴り始めた。今から用意して間に合う訳はないのだが、すぐにでも行かねば厳しい罰が待っているに違いない。罪木の手を取って七篠は走りだす。
 もちろん間に合わずこっ酷く叱られた2人だったが、澪田がバスケットゴールの網を虫取り網にしてしまったのでそれを2人だけで直すということで形がつくことになった。
 『2人だけで』というフレーズに、罪木はまた満面の笑みを浮かべたのである。



●終わり。


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