夢小説 | ナノ


雨模様に白い花


 採取を終えたまでは良かった。しかしそこから一体どうしたものだろう。帰りたくても目の前で轟々と音を立てる雨は、頑張って走るなどという選択肢を与えてくれない程の勢いで地面を殴り付けている。
 担当がネズミーランドであったことが何よりの幸いだった。メリーゴーランドの馬に腰掛け、七篠と田中はその光景を目を丸くして見ていた。

「雨ですよね」

「雨だな」

「どうしましょうか」

「ふっ……止むのを待つしかないだろう」

 そんなのは余程の阿呆でなければすぐ辿り着く回答だ。しかし何故か偉そうに、自信満々だった。

「あの、田中くんの闇の力でどうにならない?」

「その手を考えないこともなかったが……。さすれば共にいる貴様まで巻き込んでしまう。覇王とて無駄な殺生はしたくはない」

(一体どんな力なんだろ……)

 ともかく、傘を持っていない2人には為す術がない。さっきまであんなにいい天気だったのに、一瞬雲行きが怪しいなと思った時には既に降りだしていた。

 そもそもこの島に晴れ以外の天気があることはまずない。今まで雨が降るような雲も彼女たちは見たことがない。それもそのはず、そういう設定で作られているのだから。
 そのため今回のこの雨は監視者であるウサミにとって予想外であった。恐らく何らかのバグ、または機関の方々のトラブルあたりだろう。魔法のステッキでどうにでもなるが、突然の雨というものはこの世界にリアリティを与えてくれるだろうと考え、あえて放っておくことにした。

「こういうちょっと意外なアクシデントってわくわくしない?」

「くだらんな。俺は幾度となく血の雨を見て来た身だ。無数の滴ごときで今更何とも思わん」

「わあ、なになに? 田中くんの冒険譚聞きたい!」

「なッ……!? そ、そうか? き、貴様……にならば、いいだろう。喜べッ! 特別に俺様の『わくわく飼育日誌』に綴られし争いの軌跡を、貴様の小さな脳みそに記憶させてやろうではないかッ!」

 田中がとあるゴールデンレトリバーとの出会いから別れを語りだす。時折中二言語を交えているがそれが彼女にとっては刺激的らしく、真実が伝わったか定かではないが興奮しながら聞き入っていた。
 雨は、止まない。多少雨脚は弱まっていたがそれでもコテージまで帰るにはなかなかどうして厳しいものがあった。一応、日が暮れる前には帰らなければならない。ウサミとてバカではないため、その時間までに止まなければ魔法で雨を消してしまおうと考えている。だがまだまだそうなるまでに時間があるため、2人はもう少し採取を続けることにした。メリーゴーランドを待ち合わせにして別々の場所へ向かう。

 しかし、雨の中の採取は非常に困難を極めた。七篠がウサミハウスの横に生えている白の花を採取していたのだが、10分ももたないうちに音をあげて帰還した。各遊具のそばにある作業倉庫を物色していればよかった、とこれ以上ないくらいびしょ濡れになってから後悔していた。慌てて戻って来たにしては白い花はしっかりと両手に握られており、彼女の努力が無駄に終わらずに済んだようだ。
 着ているTシャツは大量の水分を含み、もはや衣服の役割を果たしていない。まだ田中が戻って来るには早いから大丈夫だろうと判断した彼女はその場でシャツを脱ぎ、雑巾絞りの時のようにそれをきつく捩じった。捩じられたシャツからは滝のように水が流れていく。この後乾かしたいのは山々だったが、干すところもなければ替えのシャツもない状況。それが無ければ下着姿でいなければいけない。よって着なおすしかなかった。もちろん着心地は最悪だ。

 さて、下に履いていたスカートも同じ要領で水分をあらかた追い出した後のことである。ふと今着ているシャツの丈が思いのほか長かった事に気づく。

(あ、これならギリギリ見え……ない!)

 下だけでもと鉄柵にスカートをかけ、乾かすことにしたらしい。少し足が寒いが、それでもじっとりとした生ぬるい感触に包まれるよりはいくらかマシである。
 七篠が馬に乗って生足をぶらぶらと宙で遊ばせていると、田中がこちらに走ってくるのが見えた。

「おかえりなさーいっ!」

「クッ……結界を張っているはずのこの俺様をここまでずぶ濡れにするとは。この島にはどうやら水を操ることに長けた魔術師がいるようだな……」

 破壊神暗黒四天王が田中のストールから這い出てぶるぶると水滴を飛ばす。

「四天王ちゃんかわいい……」

 その愛らしい仕草に魅せられ馬から飛び降りて田中のそばに行く彼女は、現在自分がどんな格好をしているのか全く意識していなかった。

「……ッ!? き、貴様、それ以上寄るなァッ!!」

「ええええ!? なんで!? 田中くん怖い!」

「黙れッ! そこから一歩たりともこの結界の中に侵入することは許さん!」

「……入ったらどうなるの?」

「我が邪気腕の餌食となることだろうッ! ええい、俺様が力を制御できている間に視界の内からさっさと退けッ!」

「は、はあいいい」

 四天王に触れることも叶わず、田中には怒られてしまうことの、踏んだり蹴ったりである。あの剣幕で怒られてはたまったものではない。納得はできなかったが心苦しい気持ちのまま七篠はその場から立ち去り、スカートが干してある場所の馬へ座った。
 田中もまた、顔を真っ赤にしながら彼女が遠のくのを見届けると、彼女を視界に入れないよう背を向けた。

 しばらくすると雨が止んだ。降りだすのも突然のことだったが、止むのも突然のことであった。
 そろそろ帰るかと田中は採取したものが入ったリュックを背負う。

(さて、七篠はどうしているのか。やつめ、あんなふしだらな格好で俺様の動揺を誘うとは……!)

 置いていくわけにもいかない。声をかけるべく彼女の姿を探す。いた、と思い近づいていくとどうやら寝ているらしい。乗っている白馬の頭に突っ伏して規則的に呼吸をしていた。もうすぐ夕日となるであろう太陽が彼女の背を明るく照らす。乾かしたまま眠ってしまったらしくスカートは履いていない。それでもほどよく見えないようになっているのは何故なのだろう。

「おい、七篠」

 微かに呼吸音がしている。たった一言でその音が途切れることはない。別の手を考えなければ彼女はこのまま満足いくまで眠り続けるだろう。仕方なしに近づいて、暗黒四天王が一角を遣わせ噛みつかせようと試みた。さっき寝ているのを確認したばかりだが、自然と彼女の顔に目が行ってしまった。そこで閉じられた瞼から伝う跡に気がつく。

(泣いていた、だと?)

 先ほど動揺しすぎて浴びせてしまった拒絶的な態度が、彼女を泣かせていたのである。子供のように無邪気について回る彼女に悪い気はしていなかったため、あのような言葉をぶつけたのは初めてだった。彼女なりに悩んだに違いない。
 田中は七篠の白いシャツに包まれたか細い背中に手をかけ、優しく揺さぶる。彼女の少し低い体温と布越しの柔らかな感触に赤面しながら。

「……まぶしい」

「フッ……。ようやく混沌の闇より目覚めたか」

「た、田中くん。あのね、わたし何したかわからないけど何か気に障る事をしたならごめんなさい。ダメなとこも直します。だから、えっと、田中くんの視界の中にいてもいいかな?」

「……まともな防具を身に纏ったならば、許可してやらんこともない」

 言葉を言い終わるや否や田中は背を向けて歩きだしていた。その意味を理解した彼女は急いでスカートを履き直し、リュックを背負うと慌てて後を追う。先を行く田中は時折背後を見て七篠が遅れずついてきているかどうかを確認する。走って追いかけてきた事を確認したあとはもう振り返ることはない。

「田中くん。もしかしてわたしがあんな格好してたから」

「黙れ」

 脳裏に焼き付いて離れない彼女のあの姿は再び田中を赤面させた。彼の後ろを歩く彼女にその顔は見えなかったが、彼の耳が赤くなっていることを確認して小さく笑ったのである。



●終わり。


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