● 一度きりのエスケイプ 採取を終えたみんなが続々とレストランに集まってきた。本日の状況をまとめ役である日向に報告してようやく一息吐くことができる。それを済ました者はテーブルに着き談笑を始めた。疲れているにも関わらず、レストランはすぐに賑やかな声で溢れていった。
「お、終わったぜー……あー腹減ったー! メシーっ!」
「オイオイ、まだそんなに叫べる元気が残ってんのかよ。オレはもうそんな元気すらねえっつーの……」
終里と左右田が共に帰ってくる頃には既に大半が戻ってきており、夕飯が運ばれてくるのを今か今かと待つ者ばかり。
「確か二人は森の担当だったんだよね。ホントはボクが行ければよかったんだろうけど、今の体力で行ったらダウンしてしまうと日向クンが気を使ってくれたみたいなんだ。申し訳ないとしか言えなくてゴメン」
「よぉ狛枝。オメーはいいよなぁ……確か掃除だろ」
「うん。一応これでも頑張ったつもりではあるんだけど、みんなには到底及ばないよ」
相変わらず自分を過小評価する彼が掃除してくれるコテージはいつもピカピカで、職人かとツッコミたいほどに完璧に整理してあるということを左右田は知っている。床に散らしてしまった機械の部品をそのままにして置いたとき、場所を間違えずケースに収納しておいてくれたこともあるのだ。いつ元の位置を彼が知ったかは気にしないことにしているが。左右田自身、掃除はあまり得意ではないため、その大変さを想像すると森に行くのとそう変わらないのかもしれない。イヤミかと悪態をつきたいところを抑えるのだった。
「あー……そういや後来てないの誰だよ?」
時計と報告ノートを交互に見ながら全員揃うのを待つ日向に問う。
「えっと、七海と七篠だな」
「ハァ!? あいつら休憩組じゃなかったか?」
普通遅れるなら遠い場所に行く組だ。これはどういうことなのだろう。
夕飯がそろそろ運ばれてきてもいいくらいの時間になった時、ようやくその二人の姿が現れた。
「ごめんなさい! 遅くなりました!」
「みんなごめん。待ちくたびれちゃったよね」
「遅いぞ貴様ら! 一体今まで何をしていたんだ?」
それは答えて然るべき質問だったが、七海は黙り込み七篠は紅潮した顔で目を逸らす。
「まぁいいじゃねぇか十神。それより全員揃ったからメシにしようぜ!」
「しかし……」
「フッ……。大方夢魔に侵された仮初の世界との闘いに苦戦していたのだろう」
「……うん、まあそんな感じかな。ね、菜々子ちゃん」
「そそそそうなのっ、寝坊、寝坊です! ほんとにごめんね!」
二人揃って寝坊などタイミングのいいことが起こりうるのだろうか。疑問に感じる者もいたが、それを聞くのはおそらく野暮だろう。
「チッ、まあいい座れや。……ただし明日は頑張ってもらうけどな」
「冬彦ちゃんキビシーっす!」
「まあまあ、明日のことは日向に任せようよ。アタシだって寝坊することはあるし」
「……まあいいだろう。今後気をつけるんだな」
「よし、じゃあ夕飯にしようか」
日向がウサミを呼ぶと「ミナサン、今日もお疲れ様でちた!」とすぐにレストランにその姿を現す。そしてステッキを一振りして、テーブルに夕飯を次々と並べていく。もう慣れてしまっているので誰も驚かないが、不可思議な光景である。
誰もが二人が遅れてきた本当の理由を問い詰めることはなく、食事の時間はいつもどおり騒がしく過ぎて行った。
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