● バレンタイン@石丸変換なし 自分の下駄箱を開いただけだ、それは間違いない。間違いないのだが、何かがおかしかった。
もう一度閉めて、開ける。閉めて、そっと開けてみる。中身はやはり何一つ変わらない。
「おはよう! 石丸くん」
「うッ! お、おはよう! 君か、驚かさないでくれたまえ」
「何してるの? さっきから下駄箱の戸を開けたり閉めたりして」
「見られていたか……。実はだな」
これなんだが、と彼女に見せるためまた扉を開く。
「……わ、すごい」
そこにはチョコや手紙が押し込められて、ぎゅうぎゅうに詰まっていた。多い人はもっと大変なことになるらしいと彼女は聞いていたが、実際にこれほど下駄箱に詰まっているのを見るのは初めてだ。
「これはどういうことなんだろうか……。僕の下駄箱は物入れではないのだぞッ!」
「お、落ち着いて! 今日はバレンタインでしょ? 石丸くんの事が好きな人が、想ってくれてる人がこれだけいるってことだよ」
「な……なんとッ!? いや、しかし、ぼ、僕は女性に何をした覚えもないからそんなことはないはずなんだが」
そういった色恋沙汰に慣れていない、天然で純粋な彼には隠れファンが多い。見た目も悪くはないし声が大きく存在感があり、また第78期生のまとめ役だ。下の子も上の先輩もその彼を知っている人は割といるのである。
「石丸くん、モテモテだね」
「しかしこんなに貰っても、一人では食べきれないな。よし、せっかくだからみんなにも分けてあげようではないか!」
「そ、それだけはダメだよ! 残酷すぎる!」
ここに彼女がいなければどうなっていたことか。分けようなどと教室で発言したら、ひどい非難を受けるに違いない。
「ふむ、君がそこまで言うのならば仕方ないな。僕が後で責任を持って頂こう」
とりあえず問題なく納得してくれて良かった、と胸をなで下ろす。安心したおかげで思い出したのか、彼女はあ!と言ってなにやら鞄の中をまさぐり始めた。
「はい! これはわたしからね」
「なにッ!?」
出てきたのは可愛らしい、ピンクの包み紙と白いリボンとでラッピングされたチョコレートだった。少し紙がよれて、綺麗とは言えない折口になっている部分があるが、それがまた手作りだと言うことを物語っていた。だった。少し紙がよれて、綺麗とは言えない折口になっている部分があるが、それがまた手作りだと言うことを物語っていた。
「こッ、これは……!」
「包装はちょっとアレだけど頑張ったんだから。貰ってくれるかな?」
マフラーに口元を埋め、頬を朱に染めながら彼女は差し出す。
「もちろんだッ! 君が心を込めて作ってくれたものを貰わない筈がないじゃないかッ! ハッハッハッ!」
震える手でそれを受け取る。石丸の顔は誰よりもわかりやすく、真っ赤だった。
ありがとうと言って、挙動不審気味に下駄箱のチョコレートを取り出し、鞄にしまっていく。いっぱいいっぱいに詰め込まれたそれの一番上、潰れない位置に彼女のものを置く。
「さて、行こうか」
「そうだね。他の人にも溶けない内に渡さなきゃいけないし」
「え?」
「桑田くん、大和田くん、山田くん、葉隠くん、苗木くん、十神くん……は貰ってくれるのかな。あと不仁咲くんにもあげなきゃ」
「え? え?」
つまりは、友チョコということだろう。石丸が受け取ったのはクラスメイトのための、義理満天のチョコでなのである。
それでも貰えないよりは何倍もマシな訳であるが、やはり本命なのではないかと期待してしまった分悲しい。
「うッ……うう……」
「どうしたの? 石丸くん」
「……はッ! どうもしていないぞ。僕は至って健康だッ!」
「そっか、だったらほら、早く行こうよ!」
ぐい、と手を引かれる。できれば行きたくない、彼女が笑顔で他の人にチョコをあげる光景など見たくないのだが。そんなことは握られた手の感触にどきりとして、どうでもよくなってしまった。
自分のだけが手作りだとは、まだ、知らない。
●終わり。
clap thanks!!
@2012/2/16
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