夢小説 | ナノ





 焼却炉前で二人で順にゴミを投げ込む。一番最後なのだろう、他の生徒はおらずこの空間には二人きりだった。

「うぉ!? なんだコレ!? ガラスっぽいの捨ててあるぜ」

「それ葉隠くんの水晶玉だよ。通販で三万円で買ったらしいけど、騙されたのわかったらショックで手が滑って割っちゃったの」

「お、まだ使えそうなトランプあんじゃん!」

「それは苗木くんが買ってきたんだけど、最初からハートのエースが抜けてて結局使えなかったの。安かったから返品もしないって」

 みんなの生活模様が見えてくる。ずいぶんといろんなこと知ってるんだなと言われたが、そんなことはない。今日に限ってみんなの挙動に注目していただけであって、普段はぼうっとしているのだ。

 他愛もない会話をした後、さて行こうかとした時、忘れてはならないものがポケットに入っていたのを思い出す。中身なんてどうなっててもいい、という訳ではないが、せっかく大神が作ってくれたチャンスだ。無碍にするわけにはいかない。

「く、桑田くん! そのですね、渡したいものがあるんですが!」

「なんで敬語?」

「渡す!」

「断言!? いや、七篠ちゃんから貰うものならなんでも頂いちまうケド」

 バレンタインに渡したいものと言えば一つしかない。桑田も頭の方は少し弱いがその辺りには敏感である。しかし素知らぬ顔で通すというのが男の見せ所だ。あらぬ方向に視線をやり、何も知らないといった風に髪に手をやる。

「こっ……これ、桑田くんに……」

 予想通り、七篠がポケットから出したのはチョコだった。白い袋に包まれたそれは、中身が少し透けて見える。

「おお! 七篠ちゃんの手作り!? サンキュー! ありがたく貰うぜ」

 桑田がそれに手をかけた時。

「ああ! やっぱダメ!」

「ハァァ!!?」

 七篠がチョコを引っ込めた。
 驚愕の事態である。どう見ても自分に渡す気が満々だった彼女が、寸前で断るとは。まさに餌を目の前におあずけを食らった犬の気持ちだ。
 ぽかんと口を開けている桑田に対して、七篠は隠すようにそれを抱えていた。桑田から見えない袋の部分に、べたべたと溶けた部分が付着しているのを見つけてしまったのだ。これでは渡しても迷惑なだけである。

「溶けちゃったから……! だめ、ぜったい!」

 がんばったのに、せっかく大神に気を遣って貰ったのに――きっと桑田はそんなの気にしないなどと言ってくれるだろうが、それがかえって辛い。
 せり上がってくる涙を堪えているせいで、息が詰まる。
 このままこれを焼却炉に投げ込んでしまおうか。希望ヶ峰学園の誇る焼却炉だ。きっとどこで消すよりも綺麗に消してくれるだろう。

「あー……クソ。悪ィケドさ、オレ器用じゃねぇから」

 だから、と。七篠の泣きそうな顔に彼の手が触れる。

「え、桑田くん……?」

「だからさ、チョコがダメならこっちは貰っていいか?」

 近づく桑田の顔に逃げ出さないことと、真っ赤になっていく七篠の頬とは肯定の合図。目を閉じた瞬間に触れる感触。

「んっ……!」

 今度の息苦しさは悲しさではなくて、悔しさでもなくて、幸せでいっぱいだった。

「……っはあ」

 解放された口に手を当てる。息を止めていたために乱れた呼吸を整えながら、さっきのことは嘘じゃないのだと、頭の中で繰り返し確認する。胸の鼓動は全く収まらない。

「く、くわ、くわたくん、あのののの、わたし」

「まーまー、落ち着け! 七篠ちゃんはオレのモノになった、それでイイんじゃね」

「……本気で貰ってくれるの?」

「当たり前じゃん! じゃなかったら、オマエみたいな純情なヤツの大事なもの、奪いたくなったりしねぇっての」

 桑田が言うと、七篠は恥ずかしさで思考回路に異常をきたしたのか、融解チョコを桑田の顔面に向かって投げた。上手くキャッチすると、まだ溶けきってない中身の入ったそれの感触はしっかりとしていた。なんてことない、まだ食べられるだろう。

「……もちろんコレも貰ってイイんだよな?」

 一瞬何を言われたのかわからないらしくしばらく間が空いたが、遠慮がちに縦に頷く七篠。
 しかし教室に帰るときもふらふらと危なっかしく、結局ゴミ箱二つは桑田が持ってやったという。





●終わり。



∴あとがき

桑田くんの口調がイマイチ掴めない。うーっす!オレ桑田!みたいな感じ?もっと軽いんだろうか。難しいです。

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