● なぜ笑うのかなど、決まっている。そうしていれば自分を守ることができるからだ。回りの敵意が向くことがなく、安全で当たり障りない一番楽なやり方だからだ。そうやってずっと過ごしてきた七篠にとってはなぜかなど、今更な話だった。
「僕は風紀委員として毎日みんなの様子を見てきたが、君はどんな時も常に笑顔だ。だから、その、なんと言えばよいのか」
具合が悪い時も、機嫌が悪い時も、怒られた時も、悲しいことがあった時も、七篠は平気な顔をして笑っていたのだ。それを、一番鈍感そうな彼に見破られるとは。
「変なことを言うが、さっき君の泣いているところを見れて、少し嬉しかったぞ」
歪みのない、穢れ無き瞳で彼は言った。
「っ……! い、いしまるくっ……!」
もう、言葉にすらならない。自分が作ってきたものがもういいと、必要ないと言われたようで。自由にすることを許されたような気がして、押し寄せてきた感情をそのまま押し出すように涙が溢れた。
「もッ、申し訳ないッ……! また泣かせてしまって、本当にッ」
また心配して肩に手を置く石丸に違う、と呟く。きっと、他の人の言葉ならなにを格好つけているのかなど、一笑して終わりだった。そこには七篠を思いやる気持ち以外にも、不純な気持ちが少なくともあるからだ。自分のため、良く思われたいとか、ほんの少しの自己陶酔が無いと言い切れない。
しかし彼は、違う。この人は違うと七篠は知っていた。全てが真っ直ぐで隠すことを知らなくて、どこまでも純粋であることを。
(もういい、かな。正直になっても)
伸ばされた腕の白い袖に触れた。ああなんて白く清いのだろう。本当に、羨ましい。
「七篠くん? し、しっかりしたまえ」
「ねえ、泣かせたこと本気で申し訳ないと思ってる?」
「それは当然だ! 悪い点があるなら直したいと思う。だから遠慮なく」
「だったら」
そのまま一歩踏み出して真っ白な彼の胸に飛び込んだ。そこに顔を埋めると、うるさいくらいの心臓の鼓動が聞こえた。手のひらが触れている背中から、みるみるうちに彼の体温が上昇していくのがわかる。このまま沸騰してしまうのではないかというくらいの熱さに、七篠はどこか安堵して笑みを漏らした。拭うのを忘れた涙が彼の制服に滲んで染み込んでいく。
「ななッ……なななななにを、七篠くんッ!!?」
「責任取って、今だけ石丸くんの胸を貸して」
それと、さっきの返事は自分で伝えるから、と。耳まで真っ赤になりながら狼狽えている石丸には聞こえていたのかいないのか。
「そ、そうかッ! ならば存分に使いたまえッ! ぼ、ぼくは責任の取れる男だからな! こ、これは決して不健全なことではなく、七篠くんが落ち着くのに必要なことなのだから何もおかしくはないッ! そうだろう?」
言い回しが謎である。きっと本人も何を言っているかわかっていないのだろう。
「そうだね。何もおかしくないよ。今のわたしにとても必要だから」
不器用に回された腕の感触を背中に感じた。こういうことに経験がまだ足りないのだろう、力加減を知らないらしく少し息苦しい。七篠が小さくうめき声をあげてようやく気づいたらしく、すまないと慌てた返事が返ってきた。それに対して大丈夫だよと笑いかける。
「さっきはああ言ったが、僕は君の笑顔も好きだぞ」
こんな時に真顔だった。
「ば、ばかじゃないのっ!」
仕返しとして制服にぐりぐりと涙を拭いつけてやった。そうでなくとも次から次へと涙が零れていたため、もはや水分を吸う場所が残っていないほどなのだが。
「やめたまえ、くすぐったいじゃないかッ!」
もちろん止めるわけが無く、止めないわけはあったので続行した。
(石丸くんみたいに綺麗に素直になれる日まで、ちゃんと見てて欲しいな)
しかしこのことがあってからしばらくの間目を合わせて貰えなかったという。純粋な彼はやはりどこまでも純粋なのだった。
●終わり。
∴あとがき
長い。書いてたらすごく長くなった。そして何が何やら、収集つかなくなった感が。ちょっと真面目な話を書こうとしてみたのでした。
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