● 運命だったら素敵ね 声がかけられた気がして振り返ると、不良がいた。どこからどう見ても不良としか言いようがない不良で、全く面識が無い人だった。自分にはおよそ関係ないし、関係も欲しくない。ああなんだ、勘違いだったなとすぐに正面を向いて、七篠は無かったことにしようとした。
しかしそれも虚しく、やはり名前を呼ばれていたのは確かなようで。
「シカトこいてんじゃねーぞコラァ!!」
周りに響く大きな声で叫ばれた上、力強く肩を掴まれて七篠は震え上がった。
「ひぃやあああすいません! すいません! わたし何もしてないです! あ! 気のせいにしたのはすみません! 無視してすみません!」
涙目になりながら必死に謝った。何もしていないと言いながら何かに謝っていた。
今日は記念すべき希望ヶ峰学園の入学式である。その新入生の一人である七篠は、超高校級と呼ばれる面々に恐れ多い感情を抱きながら、ゆっくりとその学園の廊下を歩いているところだった。
確かに初めての場所ということで挙動不審だったことは認めざるを得ない。だが、ここまで怒られるだなんて思っていなかった。超高校級の高校、さすが厳しい場所である。
「って、そうじゃなくてだな。……悪ィ! 怯えさせるつもりはなかったんだよ。オレも今日からこの学園の生徒でな」
「あれ、じゃあ」
一緒だとわかると、少し安心した。彼も新入生。何クラスに分かれることになるかわからないが、自分と同じクラスになるかもしれない。正直まだ第一印象からの恐怖は消えていないため、一緒のクラスだったらどうしようという気持ちはあったが。
「……ところでよ、一年の教室ってどこだ?」
そして、目的地も一緒ようだ。ならば取る行動は決まっている。
ごそごそと自分の新品の鞄を開けて、学園から来た案内の封筒を取り出す。中からパンフレットを取り出して目的のページを開くと、そこには園内の簡素な地図が書いてあった。
「ここから出たらまず右に曲がって、そしたらすぐみたいですよ」
「そんなのがあったのか。読まずにその辺に投げちまったぜ……。真面目なんだな」
「ふふ、よく言われます」
よくよく見たところ彼が持っている学生鞄は、中身がほぼ中身が入っていないであろうことが窺えるほど、薄かった。おそらく最低限必須のはずの筆記用具だけは入っているだろうが。
「ま、何にせよお前に会えて助かったぜ。あー……」
口をもごもごと動かすが一向に言葉が発されない。どうしたのかと首を傾げて見ていて、お前、その、と自分を指す単語が聞こえたところで気づく。
「七篠、七篠菜々子です。これから一年よろしくお願いします」
「七篠か。オレは大和田紋土だ。よろしく頼むぜ!」
軽く自己紹介を済ますと、二人は玄関ホールから園内へと入る扉を開いた。その先には今まで見たどんな学校よりも広く、綺麗な廊下があった。玄関ホールですら同じ印象を持ったが、やはり中も中で素晴らしい内装だ。さすが希望ヶ峰と言ったところだろう。
「なんだかすごく静かですね。他の生徒はどこにいるんでしょう」
てっきり人がうじゃうじゃといて、丁寧に挨拶してくれたり、はたまたどんな子が入学するのか品定めする生徒がいたりとするものだ、と思い込んでいたがそうではなかった。奇妙なことに誰もいない。
「オレたちの歓迎会の準備でもしてくれてんじゃねーか?」
「だったらきっと、それも超高級ですよね。わくわくします」
「超高級の歓迎会か……。悪くねぇな」
一体どんな豪勢なものなのだろう、と考える。きっと様々な高校級の特技を生かして、他では巨額の金を払わなくては見ることのできないものを拝むことができるかもしれない。勝手な想像ではあるが期待に胸が弾む。
「なあ、七篠はどんな超高級なん……」
だ、と続けようとしたが振り向いた時、後をついてきているはずの彼女は後ろにいなかった。少し離れた所でまったくの逆方向に進んでおり、きょろきょろと当たりを見回している。
「ああ!? おい、テメー……ッ!!」
「なっ、なんですか!?」
慌てて彼女の元へ駆け寄り、腕を掴む。自分が今どういう行動をしていたのかわかっていないようだ。
「あっちじゃねえのか? お前今反対行こうとしてたぞ!?」
「……そう! そうでしたよね! あ、あははーマチガエチャッタ」
「なんで棒読みなんだよ」
微妙な間があったりと違和感を感じながらも、しっかりしてくれよと声をかけ、腕を放して再び歩き始めた。
教室を示すと思われるプレートが角を曲がってすぐに現れた。なんだ、地図を見るほどでもなかったなとそこに近づくが、ふと気づくと背後から七篠の足音が聞こえない。嫌な予感がしてもう一度振り向く。
「……ッて、またかよ!」
予感は的中してしまった。いない。どこに歩いて行ったのかわからない。慌てて直ぐに引き返すと、視聴覚と思われるマークが描かれたドアの前でうろうろしているではないか。
そんな彼女を大和田が呆れてながら見ていると、七篠が彼の視線に気づいたらしく「あ!」と大きな声をあげた。
「大和田くん発見!」
「ちげーだろ! 逆だ逆! ……ったく、なんではぐれてんだよ?」
「うーん……。ちょっと余所見したら大和田くんがいなかったんです」
参ってしまう回答だ。どう見ても極度の方向音痴か放浪癖の持ち主にしか思えない。しかも無自覚のようで、本人としては至って普通の行動をしているのだから厄介である。先ほど真面目だとは思ったが、それと頼りになるとは別だということが身に染みてわかった。
このまま彼女を置いて先に行ってしまっても良かったが、そうしたら彼女が教室に着くのは一体いつになるのだろう。その選択肢は少し可哀想だった。どうしたものかと無い頭を悩ませる。
(なんでオレがこいつを助けてやらなきゃいけねーのか、わかんねえけどよ)
なるようになれ、の精神で彼女の手を取った。
「え? え? なんですか?」
「いいから、またどっか行っちまう前にオレが教室連れてく! いいな!?」
返事を待たずにそのままぐんぐん進んでいく。それでも女の子の手はこんなに小さいのかとか、柔らかいなどと余計な事を考えてしまい、大和田の脳内はパンク寸前である。耳まで真っ赤になっていることを悟られないよう、なるべく学ランの襟の影になるように頭を下げて。
「あの」
「なんだよ!?」
「いや何でもないです!」
小さくありがとうと呟いて、彼女は大和田の手を握り返す。
初日からとんでもないヤツに会ったものだが、こういう始まりも悪くないかもしれない。これからの学園生活に期待に胸を膨らましながら、教室のドアに手をかけたのだった。
●終わり。
∴あとがき
恥ずかしがりながら手を取らせるにはどうしたらと考えたらこうなりました。ゲームだからずんずん進めたけど実際行ったら迷子になりそうです。
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