夢小説 | ナノ


ワンダフル・ホリディ


 休日である。いくら普通とかけ離れた超高校級の授業を行う学園であっても、休日だけは普通の高校と変わりなくやってくるのだ。
 意気揚々と遊びに時間を費やす者もいれば、部活動に勤しむ者もいる。
 様々な休日の過ごし方があるが、七篠は特に用事もなく予定もなくひたすら暇だった。さてどうしようかと、とりあえず小腹も空いたので食堂へ入ってみる。

「おばちゃん、メロンパンと牛乳っ。それからチョコクロワッサンと……」

 食べたいものを調達して、周りをキョロキョロと見回す。一人でご飯、というのは少し寂しい。皆外へ出かけているのか人が少ないが、知り合いはいないだろうかと捜す。
 ふと、窓際の方で山のように本を積み上げたテーブルを見つける。ほぼ本に埋もれているのだが、そこに誰がいるのか七篠にはわかっていた。

「こんにちは、石丸くん。食堂でお勉強なんて珍しいね」

「むッ! 七篠くんではないか。いい挨拶だな。君も勉強か?」

「わたしはちょっとお腹が空いたからかな。わざわざ図書室から本を運んできたの?」

 普段彼は勉強するために図書室に籠もっている。または自室でひたすら勉強している。だからここにいること自体が珍しい。

「うむ。十神くんに『たまに変わった環境で勉強すると新しい発見に繋がるぞ』と教えてもらったのでな」

「ああ……なるほど。十神くんらしいね」

 おそらく毎日のように図書室で勉強されては暑苦しくてたまらないということなのだろう。体よく石丸を移動させたわけだ。

「それとだな。兄弟に『勉強中気がつくとお腹が空いていて困る』と相談したところ、『食堂で菓子パンでも買いながらやればいいじゃねぇか』と言っていたのでな」

 彼の場合食事も忘れて勉強に集中するものだから、気がつくとご飯の時間をとっくに過ぎていたりする。特に休日の場合は決められた時間が無いため必然的にそうなってしまう。
 大和田としては勉強しながら片手にパンでも持っていれば、忘れることはないんじゃないかという意味だったのだろうが。何を履き違えたのか食べ物を買ってきている様子は見えなかった。

「その割には何も食べ物持ってきてないみたいだけど。食べながらやるんじゃないの?」

「何を言うッ! 食事は勉強してから規則正しい時間に取るのが当然だろうッ!」

「そ、それだと根本的解決にならないんじゃ」

「どういうことだ?」

 規則正しい時間に取るのを忘れてしまうからこその提案であるのに、いつも通り熱中していたら結局意味がない。食堂に来たから自然に口に食べ物が入るわけではないのだ。
 という旨をやんわり伝えると、石丸はわなわなと震えだした。

「そうだったのかッ! 僕はとんでもない勘違いをしていたようだ……。七篠くん、ありがとう!」

「ど、どういたしまして」

 そんなに難しいことを言ったわけではないが、喜んでくれたなら何よりである。しかしまだ何か引っかかるのか、顎に手を当てながら考え混み眉を潜めていた。

「恥ずかしながら、もう一つ教えて欲しいのだが……いいだろうか」

「いいよ? 難しいことじゃないならなんでも聞いてっ」

「頼もしいな。では、菓子パンとは一体どういうものなのだ?」

 お菓子とパンが合体したものなのだろうか?と真剣に悩んでいる。
 七篠も当たり前に食べているものをどんなものかと聞かれてわかるように答えられるものではなく、よくよく考えてみると不思議と簡単に説明できないもので。

「パンをお菓子みたいに甘くしたのじゃなかったかな。あ、ほらこういうの!」

 先ほど購買のおばちゃんから買いあさったパンやら何やらの中から、メロンパンを取り出す。

「それなら僕も知っているぞ。メロンパンだろう。ふむ、これが菓子パンだったのか」

「これは確かに菓子パンなんだけど、この他にもいろいろあってね。コロネとか揚げパンとか」

 石丸が目を輝かせて大変真剣に聞くので、七篠も得意気になって説明する。要するに甘く味付けたパンだと納得がいくように話すと、とてもすっきりした顔をしていた。

「七篠くんは博識だなッ! 僕もまだまだ精進が足りんということか」

「石丸くんは勉強し過ぎだよっ。それ以上精進しなくて大丈夫だって。それより少し休憩しようよ、ね?」

 さっき取り出したメロンパンを開けて食べていいよ、お腹空いてるでしょうと石丸に差し出す。ちょうど彼もお腹が空いていたため、その申し出は嬉しいものであった。

「むッ、いいのか? 君が買ってきたものだろう」

「気にしないで、いっぱいあるから」

 購買の袋の膨らみ様を見れば言わなくともわかることだった。さすがに一度に食べるのではないにしろ、そこまで買うほどかと言いたくなる程度はある。

「そうか……。な、ならば一口だけ頂こうか。僕は今勉強中だからなッ。間食は控えなければ」

 むしろ全部食べても構わないのだが、そう言うのならば無理強いする事もないだろう。
 七篠が袋から少し頭を出したメロンパンを石丸に向ける。いただきますと丁寧に言いながら、彼はそれを遠慮がちに一口かじった。

「久しぶりに食べたが、美味いなッ! たまにこういうのもいいかもしれん。ありがとう、七篠くん」

「どういたしまして! 疲れた時に甘いものを食べると疲労が取れるって言うからね。勉強、はかどるかも」

 いたずらに笑いながら七篠は、手に持っている食べかけメロンパンに何の気なしに食べた。
 途端、石丸が顔を真っ赤にして勢い良く立ち上がる。その拍子にガンっと大きな音がして彼が座っていた椅子が倒れた。

「ききききききみはいッ、今ッ、そのッ、それをッ……!」

 メロンパンを指差しながら、口をぱくぱくと動かして何かを言いたげにしているのだが、ちゃんとした言葉が一向に出てこない。

「もっと食べたかった?」

「ち、ちがーうッ!! いい、いいんだ。気にしないで、くれたまえッ……!」

 意志が上手く伝わらないと見た石丸は諦めて、椅子を立て直しまた机に向き直った。その間、全く七篠の方を見ないように目を伏せながら。
 その時懸命に勉強したと思われる石丸のノートには、所々メロンパンという文字が羅列していた。




●終わり。



∴あとがき
石丸くんは間接キスごときで恥ずかしがってるくらいが可愛い。それくらい純粋だと思う。


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