● 距離の縮め方がわからない。@石丸夢 彼女が困惑してしまうのも無理はない、とその場に居る誰もが苦笑いを隠せなかった。おそらく大和田あたりに相談したのだろう、女の子とお近づきになるにはどうしたらいいのだろうかと。
しかし単純な答えを提示したところでそれを聞いた石丸がどういう行動に出るのか。少なくとも普通とは違う、少しずれた発想を用意してくるに決まっているのに、どうやらそれは未然に防がれることはなかったらしい。
「こ、これ……えっと……」
七篠は呆気に取られた表情で自身の机の上に乗せられた参考書を見る。どれもこれも自分の苦手とする教科についての物で、正直その文字を見るだけで嫌になる。一体何が起こったのか、周囲の方はなんとなく察知していてくれていたのだが、一番状況を理解していないのは当の本人である彼女であった。
「七篠くんのために僕が厳選してきた参考書だ。さあ、これで苦手教科も克服できるぞッ!」
遠慮なく使いたまえ、と言うこの本の山を持ってきた張本人の石丸は満足気である。しかし彼女はどうしたらいいのか、そしてどういう意図によって彼がこれを自分に与えようとしているのか、まるで見当がつかず唯々本と石丸とを交互に見るのだった。
当然、いきなり参考書を目の前に突きつけられて喜ぶ人間などいるわけがない。むしろ怒りをかわれても仕方がない行為である。しかし堂々たる態度を放つ彼には全く悪気はないのだ。そのことが更に彼女を混乱に陥れていた。
そんな様子を黙って見ていたクラスメイトの一人、大和田がとんでもない事をしてしまったと重い腰をあげた。元はと言えば彼のせいかもしれないのである。
つい昨日、石丸に『女性と仲良くなるにはどうしたらいいだろうか』という相談を受けていた彼であったがその際に、やはりプレゼントが一番だと答えてしまったのがそもそもの事の発端だった。
石丸は異性にプレゼントなど渡したことが無いらしく大いに悩んでいたため、更に加えて『相手の気持ちになって考えてみたらいいぜ。例えば……自分だったら何を貰ったら嬉しいか考えると、何か思いつくかもしれねぇな』なんて言葉を発してしまったのである。その先に彼が何を思い至るのか、大和田ならば予測できたであろうにそれをせず放置してしまった。
その被害者、と言ってしまえば過ぎた言葉かもしれないが、明らかに困った状況に陥っているのは七篠であった。ここでどうにかしてやらねば無責任も甚だしい。
「あー……オイ、兄弟。あのな」
彼は仲裁に入るべく近寄っていく。そこから××の表情は見えない。従って彼女が現状を理解し口を開いたことも、彼にはわからなかったのである。
「あの、ありがとう……!」
その場に居た全員が耳を疑った。聞き間違いではないかと思うほどに彼女から放たれた言葉は予想の斜め上を行くものだったのである。
「七篠、テメェ正気かよッ!?」
「え? え? 大和田くん?」
「ど、どうしたのだ、兄弟ッ!?」
大和田は思わず勢いよく七篠の元に駆け寄り大きな声を上げてしまった。あまりに意外な出来事に突っ込まずにいられなかったらしい。そんな彼に対して彼女の濁り無い無垢な瞳が向けられた。どうやら偽りではなく本当に彼女は有難みを感じているようだ。
「いや、何でもねーよ……。その、怒鳴って悪かったな」
「あ、うん。気にしてないから大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「ならいいんだが……。で、オメェはホントにこの贈り物、気に入ったのかよ?」
「うん! だって石丸くんがわざわざわたしのために用意してくれたんだもん。これで成績アップ間違いなしだね! でも」
困ったような顔で彼女は石丸の方に目を向けた。言い淀む彼女に不安を感じたのか石丸も困惑した面持ちで彼女の言葉を待った。
「一人だと理解できないとこもあるから、石丸くんに教えてもらいながら勉強できたらもっと嬉しいんだけど……だめ、かな?」
「もッ……勿論だともッ! 君の苦手分野の克服から得意分野の強化まで、僕に何でも任せたまえッ!」
もしかしたらとんでもないアドバイスをしてしまったのかもしれない、と大和田は2人の様子を見て気づく。
真っ直ぐ過ぎて寄り道することを知らない石丸の想いを柔らかく受け止めるなど、彼女以外にはおそらくできないことだろう。大和田はお似合いじゃないかと子を見守る母のように優しい笑みを浮かべるのだった。
●終わり。
clap thanks!!
@2013/11/03
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