● 距離を縮めたい。@左右田夢 本屋に用事があるからと言って共に下校する誘いを断ったはずだった彼女の元に、その誘いをした人物がまたもや声をかけてきたのは、彼女が今まさに昇降口を出ようかという時であった。あからさまに不機嫌な顔で彼を睨みつけるが、その相手の彼は全く動じずに目を輝かせて口を開くのだった。
「なーなー! オレも本屋に行く用事できたから一緒に帰らね?」
「帰りませーん。てか、ソニアちゃんと帰らないの?」
「ソニアさんはお付きの者が迎えに来るって言ってさァ……はは、断られちまった」
なんだか最近避けられてる気がする、と彼が嘆くのも無理はない。現に避けられている本人が気がする、で済ましてしまってしまい原因が自分のしつこさだと気づいていないからだ。
七篠はソニアから左右田に関しての相談を何度か受けていたが、避けているつもりはないらしい。ただ、あまり相手にし過ぎると調子に乗って一日中付きまとわれるため、ほどほどに適当にあしらうようにしているようだった。嫌いではないが、本当にストーカーのようになられてはどんなに心優しいソニアとて我慢できなくなってしまうだろう。七篠もまたそれが妥当なのでは、とソニアにアドバイスしていた。
そんな相談を受ける最中、今度は寂しくなったのかソニアと一番仲がいい七篠に左右田が絡んでくるようになった。とは言っても主にソニアに関する相談のような内容の話を振られることが大半である。
完全に中間に立たされた七篠も最初は真面目に聞いていたが、次第に彼のあしらい方を身につけていき今では半分以上話を聞いていない。それでも元来お人よしな彼女は一応は彼の相手をしてやるのだった。
「だからってわたしのところに来る、と。ふーん、左右田くんたら二股?」
「ちげーって! ホントに本屋に用事があるんだって!」
普段から勉強のべの字もしない、活字など目にしようものなら1分で眠りへ落ちる彼が本屋など、一体何の用事があるというのだろうか。
「漫画の新刊が発売されたとか?」
「バーカ! そんなのオレが読むと思うか? だったらその辺の自転車とか船とか弄ってた方が楽しいっつーの」
これから七篠が漫画本を買いに行くというのに、何も考えていない彼の言葉は彼女を見事に苛、とさせた。馬鹿にされた気分になりやはり無視してやろう、と早足で歩きだす。
「なっ、待てって!」
「追っかけてこないでよー! 本屋くらい一人で行きなさい!」
「行くとこ一緒なんだからいいだろォ! 置いてくんじゃねーよ!」
彼女の体力ではそこそこ持久力のある左右田を撒けるはずもなく、無駄な追いかけっこをしながら息を切らせて辿り着いてしまったのは目的地の本屋であった。
結局一緒に来てしまったが、だからといってすることは変わらない。彼女は荒い息を整え終えると、隣に居る左右田を気にかけることなく自動ドアをくぐって行くのであった。
目的の漫画本は新刊のコーナーにありすぐに見つけることができた。それを一冊手に取り会計を済ます。ふと自動ドアから透けて見える外を見ると、そこに左右田の姿は無かった。店の中に入ってきたのだろうかと思いその姿を探すと、何やら小難しい、その風体に似つかわしくないコーナーの前で、必死な形相をする男がいることに気づいた。さりげなくその横を通り過ぎ、背後に忍び寄る。
「何探してるの?」
「おっおおう!? びっくりさせんなよ!」
答えようとしない、むしろ何を探しているのか知られたくないのか隠そうとしている彼の前に置かれていたのは、心理学に関する本であった。
「『女の心を掴むコツ』、『もてる男のパターンあれこれ』……これってもんぐっ!?」
突然口が動かなくなったかと思い一瞬焦ったが、彼女のそこには左右田の手のひらが当てられていた。
「っだああああ! やめろよ! 読み上げるなよ! まるでオレがモテねーみてーじゃねえか!」
自分の声が一番店内に響いていることに気づかない彼は、息苦しさに抵抗する彼女にばしばしと腕を叩かれている。
「あ、ワリィ」
「っ、わ、わりいじゃないバカ……! 窒息したらどうすんの……」
「んー……そんときはオレが責任とって、亡骸ごと嫁にもらってやっから気にすんな」
彼のその言葉を聞いて、彼女は思考停止する。いつもの冗談だと思ってかわせばいいものを何故か、そのままの意味で受け取ってしまった。
「え、何、それ……」
「えっ」
「えっ」
困惑する2人は目を見合わせると顔を赤らめた。互いに視線をあらぬ方向に向けたところで、ようやく冷静な思考ができるようになったらしい。静かな店内でこんな会話を繰り広げていてはいけないと、大人しく本棚に視線を移した。そして七篠は小声で左右田に話しかける。
「ほ、ほら、ソニアさんの心を掴むための本を買うんでしょ?」
「お、おう……よくわかったな。なァ、どれが一番いいと思う?」
彼に聞かれて何冊か手に取り中身に軽く目を通すが、だめだった。何も頭に入らない。内容などよく確認もしないまま適当なものを勧めると、サンキューと言って彼はそれを受け取りレジへ向かうのだった。
この本の内容が実行される相手がソニアではないということを知っているのは、七篠の紅潮した顔に心奪われてしまった左右田だけである。彼女はまだ、自分の気持ちにも彼の気持ちにも気づけないのであった。
●終わり。
clap thanks!!
@2013/11/03
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