夢小説 | ナノ


距離が縮まる。@田中夢


 もはや日課とも言える体で牧場へ足を運んだ田中は、愛おしそうにそこで飼われている牛に挨拶すると優しく額を撫でてやった。嬉しそうに鳴く様子を見て今日も健康体である、ということを確認する。厩舎にいる他の牛たちにも同じことをし、全ての牛が微笑むのを見届けて外へ出た。さて次は鶏小屋にでも行こうかとした時、不意に後方から人の気配を感じ、振り返る。

「なにやつッ!?」

「ひゃっ!? ごっ、ごごごめんなさい後ろから! たまたま牧場の前通りかかって、覗いてみたら田中くんがいて、何してるのかなーって気になって近づいただけなの」

「……貴様には関係のない事だ」

 敵意なく微笑む彼女に対し田中はきっぱりと会話を終わらせようとする。彼女の純粋なる好奇心や人懐っこい態度は彼にとって災いでしかないのだ。こんなにも拒絶するように接しているのに、どうしてか彼女は懲りず寄ってくる。その度に彼の心臓は鼓動を速めるのだった。
 彼女に構っている場合ではない。田中は鶏小屋に行こうと歩きだした。しかし奇妙なことに、その後を小さな足音がついてくるのであった。間違いなく彼女のものである。
 彼女は彼が張る結界をいとも容易く打ち破ってこようとする。それは田中にとって危機を感じざるを得ないものであり、どうしてという疑問を持たされるものでもあった。故に彼の胸中は複雑に混乱し、冷静さを失っていく。
 たかが下等な生き物にここまで意識を乱されることは彼にとって屈辱であった。故に彼女に対しての苛立ちが生じてしまうのは必然である。

「俺様の後をつけるとは……、貴様、地獄を見たいのかッ!?」

 振り返ると驚きに目を見開いて困惑の感情を露わにしている彼女と目が合った。ただ後をついて行っただけなのに、こんなにも激怒されるとは考えもしなかったのだろう。

「えっと……迷惑だったんだよね、ごめん。……大人しく帰ります」

 悲しそうに肩を落として牧場から出て行こうとする彼女の背中を見て、田中の内に罪悪感が生まれた。確かに少し大人気なかったかもしれない。ついてくる位は許してやっても良かったのではないだろうか。感情に揺られるがまま言葉が口を衝いて出てしまったが、そのことをひどく後悔した。

「ま、待てッ、七篠ッ!」

 名前を呼ばれて振り返った彼女は必死な彼の顔がそこにあったのを見つけると、不思議だという風に小首を傾げた。
 田中自身は、呼び止めたものの次に繰り出す言葉が見つからずにおり沈黙している。純粋無垢に光る瞳に魅入られて、彼は普段ならばかかない汗のようなものが体から滲み出てくるのを感じた。やはり彼女は彼の意識をことごとくかき乱す存在らしい。

「……認めざるを得んな」

 零れ落ちた言葉と共に、彼はひとつ大きな溜息を吐いた。そして瞑想するかのように腕を組んだまま目を閉じた。

「田中くん? 寝るなら立ったままだと危ないと思うけど……」

 その不可思議な行動の意味を理解しきれない彼女はゆっくりと田中の元へ歩みを進めた。あまり近づき過ぎると毒がどうのと怒られるため少し距離をとり、目で様子を探る。
 突然、閉じられていた目が開かれ彼女を鋭い眼差しで睨みつけた。

「ひっ!?」

「フッ……フハハハハハッ!! 俺様としたことが気付くのが遅くなったようだッ! だが、何時までも隠し通せると思うなッ! ククク……まさか貴様が魔術を会得せし者だったとはな……。俺様の目はもう誤魔化されんぞ。異次元より召喚されし″幻惑の魔導師″(グリモア・ソーサラー)よ、己の身を滅ぼしたくなければ大人しく俺様の傘下に加わるがいいッ!」

「ぐりもあそーさらーって、わたし……のこと?」

「フッ、貴様以外誰がいるというのだ」

 彼の中で一つの結論が出たらしい。それは彼女もまた自分と同じ、魔力を身に宿す者であるということだった。それならば己の精神が彼女に惑わされてしまうことに合点がいく。
 だが一般常識の世界で生きる彼女にとってはあまりにも突拍子もない、しかもてんで的外れな話である。そんなよくわからない単語を耳にしながらも、先ほどまで不機嫌に顔をしかめていた彼が満足そうに微笑んでいるのを目に留めると、自然に口元を緩ませてしまうのだった。

「それって田中くんの下僕になれってことなのかな?」

「むっ……ま、まあ、そうなるな」

「……うん、いいよ。田中くんとならなんだか楽しそうだし、なってあげる!」

「馬鹿か貴様はッ! 俺様が貴様を下僕にしてやらんこともないと言っているのだ。口を慎めッ……!」

「あ、そっか……。では、今後よろしくお願いいたします。田中眼蛇夢さまっ」

 田中は嬉しそうに自分の名前を口にしてくれる彼女の笑顔に、一瞬心奪われる。いけない、これはただの魔術であると平静を装うが、赤くなる頬は彼の感情をそのまま表に晒してしまう。気付かれないよう彼女に背を向けた。

「きッ……貴様は、その……魔獣に興味はあるか?」

 少女はその言葉に元気よく肯定の返事をする。田中はそれを聞くとマフラーに口元を埋めて歩きだした。無言でその場から動く彼の後ろを、少女はまた先ほどのようについていく。

「ね、どこに行くの?」

「魔獣の棲み処だ。貴様にも手懐け方の極意を特別に教えてやろう」

 そこにつくまでにこの顔の火照りは治まってくれるだろうか。彼が鎮まれと己の体に命をとばすものの、彼女が傍にいる限り、彼女の魔術にかかっている限り、そこから熱が引くことはないのだった。



●終わり。

clap thanks!!

@2013/11/03


back top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -