夢小説 | ナノ





 とんでもない勘違いをしてしまっていたことに七篠はようやく気付いた。先ほどの田中と同様に顔を真っ赤にして、真正面にいる彼から勢いよく目を反らす。しかしそれだけではいたたまれなくなったのか、両手の平で頬を押さえてその場にしゃがみこんでしまった。

「うわ、わ、わ、そうです、よね! おおーなんだ夏祭り……夏祭りね! 真昼ちゃんがね! 真昼ちゃんが……」

「七篠? どうした、魔力が尽きたか!?」

 田中は慌てて彼女と同様にしゃがみこんだ。暑いのが苦手だと言う彼女に無理に外に出させてしまったから具合を悪くしたのだろうか、この炎天下に彼女の体は耐えられないようにできているのだろうか。何にせよ、用事がどうというよりも彼女をこのままにして放置することはできない。
 一方で、体の具合が悪い訳でもなくただ羞恥に悶えていただけである七篠も、この状況をどう説明して良いのかわからずにいた。

(でも、わたしは返事をしただけだし、勝手に変な妄想してたとか期待してたとか、田中くんにはバレてないんだよね。なら悟られないようにして普通にすれば……)

 互いにどう切り出していいのかわからずに少し沈黙があったが、気持ちを切り替え終えた七篠が先に立ち上がると、田中の方に向き直り口を開いた。

「あの、夏祭り、わたし行かないから……!」

「なッ!? ならば先程の返事はなんだったというのだ! 俺様に高等魔法″偽りの真実″(フェイク)を喰らわせるなど、いくら貴様でも許されんぞッ」

 立ち上がり、高い位置から怒った様に食って掛かる田中の勢いに一瞬負けそうになるが、七篠も自分の意思を貫き通したいという意地があった。

「さっきのは聞き間違えただけだから! 暑いのにわざわざもっと暑い所に行く必要もないし! 浴衣とかも持ってないしっ!」

「どこに居ようとてこの″灼熱地獄″(イフリート・ブレス)からは逃れられない運命にあるのだ! ならば一度くらい行ってやったら良いではないか! それに必ず正装で行かねば罰されるという決まりもあるまい」

 田中ももはや意地になっていた。使命がどうの、頼みごとを引き受けた責任がという事ではなく、七篠がこんなに出鱈目な理由で友人の誘いを断るような人間だと思っていなかったからである。

「そうじゃ、なくて……。もっと大事な理由があるの!」

 その目論見が当たり、彼女の口から本音が零れた。

「ほう、それは何だ? 小泉にも言えんことなのか? それとも、貴様を特異点として認めた俺様にすら言えんのか?」

「うっ……」

 本当の理由を言ってしまえば納得してくれるのかもしれない。けれどもそれは納得されたらされたで余計に話が拗れてしまうことになる。聞く人が聞けばなんと単純で子供っぽいと馬鹿にするような、些細な、けれども彼女にとっては大きな理由であった。

「だって」

 七篠がここまで頑なに祭に行きたがらないのは、今回が初めてだった。今までは友人から誘いを受ければ、最初は断りつつも最終的に厚意を重んじて熱中対策を施しつつ同行させてもらっていた。どんなに暑くとも、やはり友人と共に過ごす時間は楽しいものなのだから。
 それでも行っても楽しくないのではないかと危惧してしまうのは。

「……田中くんは、行かないんでしょう」

 一番一緒に楽しみを分かち合いたい人物がいないのは、とても寂しいことだからである。

「それが行きたくないと言う理由か」

 七篠は田中から視線を外して下を向きながら、ゆっくり大きく頷いた。

 実は夏祭りの話は先々週からクラス内で話題となっており、全員で一緒に行こうという話に盛り上がるまでになっていた。祭の帰りは近所の公園で花火をしよう、などと楽しく計画を立てつつ、左右田に全員の参加の是非を問うことを任せていた。何でオレが、と最初は文句を言っていたが、ソニアがお願いしますと声をかけると喜んでその任を引受けてくれたのである。
 先に男子の方の予定を聞いてくると言い、その日の内に幾人かの分を聞き終えた時であった。左右田と田中がいつもの喧嘩を始めたのだ。
 仲が悪いのではないのだが、些細なことで毎回言い合いになる。いつものことであったため周囲も大したことではないと思っていたようだが、その日はよろしくない事態を引き起こしてしまった。

『じゃあオメーは祭に来んなよ!』

『なんだそれは。知らん! 俺様には関係の無い俗世の話をするな!』

 その時は全員が教室に居たため、当然七篠もその会話を耳にした。
 行かないのは田中だけではなかったが、彼女の心はすっかり祭を楽しもうとする意欲を失くしてしまった。行こうかどうか迷っていたところもあったため、それがきっかけで彼女は欠席を決め込んでしまったのである。

 恐らく小泉は気を遣って、田中に『七篠を夏祭りに誘って欲しい』とでも頼んでくれたのだろう。夏祭りの話が出た途端、七篠にはおおよその見当がついていた。
 小泉の予想では自分たちとは別で二人が行けばいいとでも思い、そんな頼みごとをしたに違いない。誰が七篠を誘っても絶対に断られるという嘘話まで作って、夏の思い出をくれようとしたのである。
 ところが誤った解釈をしてしまった田中がもたらした結果は、この通りであった。

「しかし妙な話だな。なぜ俺様が行かねば貴様も行かん事に繋がる?」

「……そう言われましても」

 田中としては、小泉が七篠と一緒になんとしても祭に行きたいと思っている、と解釈している様であった。その為になぜ自分がそこに入り込まねばならなくなるのか。二人で楽しめば良いのに、なぜ。

(待て。確か七篠は暑さの中でも西園寺を追いかけ回していたな……。ということは、奴は暑さの頂点に達すると目覚める″秘めたる力″(シークレット・アビリティ)を持っているというのか……!?)

 そこで、全てに合点がいったらしい。

「七篠。そんなに貴様が俺様を求めているとは……。下界の者共の思考を理解するには骨が折れるな。俺様としたことが気づかなくてすまなかった」

「求めるとかっ、大袈裟に言わないでよ……! それに謝られても、どうしたらいいかわかんないよ。田中くんは、どうしたいの?」

 流石にここまで言えば田中も察してしまうだろう。七篠はもう自分の心の内が彼にバレてしまったのであるから、後は答えを聞くだけしかないと思い彼の瞳を真っ直ぐに見て問う。

「フッ……フハハハハハ! いいだろう! 俺様も下界の祭典に参加してやろうではないかッ!」

「それって、つまりっ」

 七篠は期待に満ちた顔で高らかに笑う彼を見上げた。少なくとも、祭に一緒に行ってくれそうであるということは悪い兆候ではない。

「ああ、構わん。貴様らがそれほどまでに俺様と戦うことを望んでいるのならば、それにこの覇王は応えてやろうではないか!」

「きさま″ら″? 戦う?」

「小泉と貴様と俺様とで、祭典という名を借りた戦場にて雌雄を決したいというのだろう?」

 どうしたら、そんなことになるのだろうか。あまりにぶっ飛んだ話に七篠は目眩を起こしそうになる。足元がふわふわと不安定になり、まるで自分が夢の中にいるような感覚に襲われた。

「え……あ……う、うん。そうなのかな……」

 ここまでとんでもない展開になってくるともう否定する気も無いらしく、口を小さく開いたままの間抜けな顔で軽く縦に頭を振る。

「俺様がいなくては盛り上がりに欠ける、と貴様ら二人は判断したのだな。フッ、愚かしくもこの覇王を巻き込もうと企むとは。まあいい。貴様の″秘めたる力″(シークレット・アビリティ)を存分に発揮し、かかってくるがいい。明日が愉しみだな、ククク……」

 彼は目的は果たしたとばかりに、満足気に笑いながら七篠に背を向けて去って行った。
 後に残されたのは、疲れきったのか悟ったのか、虚空を見つめそっと微笑む一人の高校生と、鬱陶しいほどに陽気な日射しだけだった。



●終わり。

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