「わたしね、田中くんにだけは絶対殺されたくない」
「……なんだと?」
「だってね、ほら。よく最期は愛する人の手で……とかなんとか、パニックホラー系映画の恋愛にありがちじゃない?」
「ああ」
「そんなのが最期なんて、わたしは嫌だよ」
「フン、くだらん戯言を。……理由を述べろ」
「だって、愛する人を殺しちゃうんだよ? 辛いんだよ? 笑っていられるわけないよね。……田中くんだって、殺す側であればそうでしょう?」
「俺様に感情論を問うても無駄だぞ」
「ごめん。でも、そのときに見た自分を殺す恋人の悲痛な顔が、殺される側の、最期の記憶だなんて……。そんな、そんなことをしてもほんとは誰も幸せになれないって、知らしめるような顔を見ながら死んでいくだなんて……わたしは嫌だよ」
「……何が言いたい」
「だからね、わたしの首にかけた田中くんの手は、わたしを救えないし田中くん自身も救えない」
「元より救いなど求めてはいない」
「そっか。……じゃあ、先にいって待ってるね」
「貴様の行き着く先と、俺様の堕ちる場所はおそらく、違う」
「ならちゃんとお別れしないと。それでは、ばいばい、田中くん」
そう言って彼女は微笑んだ。
田中は目を閉じて、彼女の首にかけた手に力を籠める。細く柔らかい、弱弱しく動くそれが静かになるまで彼は力を緩めない。
(強がりを言っても、優しいあなたは本性を隠しきれない。やっぱり、最後はそんな顔をするんだね)
彼女が呼吸を止めるまでに最期に見ていた彼の表情は、やはり、誰も幸せになれない事を物語っていたのだった。
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