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  3


あれからもう、100余年経った。
未だに何故葵が何も残さずに消えたのかは分からなかった。何処へ行くのにも、必ず誰かに言伝は残して言っていたのに。

大方、俺が嫌になって逃げ出したのだろう。

江戸はそう思うことにした。今はもう聞こうにも、当の葵は居ないのだから。

「失礼致します」
突然、障子越しに声が聞こえてきた。葵が居なくなってから、長年江戸の身の回りの世話をしてくれていた老齢の女中だった。
なんだ、と言うと、

「日向宮崎様がお目通りを願いたい、と申されておりますが…」
人が数少ない俺にとっちゃァ数少ねぇ休みの時間に目通りしてェなんて、面倒臭ェこといいやがる。
江戸はすぐさまこれを、断ろうとしたが、あと…、と女中が思い出したように言った。

「その、日向宮崎様なんですがね…妙な娘を連れておりましてね。美しい姫君でしたよ…、」

“かぐや姫”……
『羽衣返してくださいよ!』
『下界の食事も悪くはないですね…美味美味』
 

江戸はその言葉を聞いた瞬間、葵の顔が頭の中を掠めた。 かつて自分が、半ば無理矢理(葵曰く)傍に置いていた、江戸だけの“かぐや姫”を――。

「……客間にでも通しとけ。俺も直ぐ行く。」
そういうと、女中はす、と下がっていった。

江戸は、内心少し期待をしていた。もしかすると葵なのではないか?、と。
でも何故日向宮崎と居るんだ?俺から逃げ出したくせに、今更戻ってくるなんて有り得るか?

悶々と一人で考えていると、廊下の方から俺に早く来る様、急かす声が聞こえた。先程の女中だ。

あの人に怒られんのだけは御免だ…。

余談だが、江戸はあの女中にだけは頭が上がらないのだ。葵が消え、荒れていた江戸を宥め、今のようにしたのもあの女中だと言っても過言ではない。

部屋着から裃に着替え、客間へと急いだ。


**********

「こん日向宮崎、突然の来訪をお詫びすると共に、お目通りをお許しいただけたこつを真に嬉しく思います。」
宮崎が深々と頭を下げ、お決まりの台詞をつらつらと述べた。

「んな堅っ苦しい挨拶はいい。要件はなんだ。……あと、お前の連れはどうした?」

「連れならさっきここん女中に、『暇でしょう。庭でも一緒に見ませんか?』と言われて庭散策に出かけましたけん、直に帰って来なると思います。」

江戸は、葵かもしれないという歓喜と、会うことに対する恐怖もあった。葵だったとして、俺を見て何と言うのだろうか? もう二度と傍にも置けないかもしれない。

「江戸はもう来ておりますかねぇ?」
先程と同様に障子越しに声が聞こえた。今度は二人分の影が見える。

「あァ、コッチで随分待たせてもらったぜ」嫌味のようにそういうと、それは失礼。と口だけの謝罪を述べた。

どうぞ、と女中に促され入ってきた女は、葵に瓜二つ――いや、『そのもの』だった。
そして、宮崎の2・3歩後ろの所に座った。

「天の姫さんも、おいが居ったら喋りにくいやろし、失礼させてもらんます。」
そう言い、口元に笑みの浮かべながら、宮崎と女中は客間を後にした。

暫くの間、二人のいる客間は静まりかえっていた。そして、その沈黙を破ったのは、江戸だった。

「――で、俺に何の用だ。」
そう言うと女は一つの漆塗りの箱を取り出し、江戸の方へ差し出した。

開けろ、と言っているように思えた江戸は恐る恐る箱を開けると――
「っ!!」

そこに入っていたのは、桜色に染色された染衣だった。
女を見ると、ニコニコと笑っていた。その笑顔は江戸のよく知る女のものだった。

「ただいま戻りました。――江戸さん」






女はちた。
下界に住まう存在へと、地位をとした。

だが、地位を捨て、彼女は“愛”を得た。
彼女は今も、彼の腕の中で幸せそうに笑っている――。


鳥籠

(東京さん、東京さん!)
(ん?どうかしたんですか?……おや、それは)
(懐かしい物を見つけたんですよ)

傍から見ればただの夫婦が寄り添っている写真。
だが、それは私達に出来た、精一杯の事。



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