咲かなかった向日葵
「和葉。向日葵知ってる?」
綺麗にお化粧をして、綺麗な着物をまとった、優しい姉女郎が、まだ幼い和葉にきいた。
和葉は少しなやんでから、にぱ、と笑って、橙のおっきいお花!と答えた。
そうよ、おっきいお花。
姉女郎は和葉に向日葵の花を象った珍しい簪をつけてやると、悲しそうに笑って、和葉、と名前を呼んだ。
「わっちはね、向日葵になりたかった。」
大きな、向日葵に。
和葉は簪に触れながら姉女郎を見つめる。
意味はわからなかったが、姉女郎が言いたいことがわかりたくはない、と思った。
あれから幾つか年月が流れ、和葉は水揚げも済まし、立派な遊女へとなっていた。
遊郭春屋の格子女郎の中では人気な方で、花魁になる日も近いと噂されるほど、客もとれていた。
小さな頃こそやんちゃでいたずらっ子でよく折檻されていたのに、いまでは顔立ちもよく、男に気に入られるようなくらいおしとやかで慎ましやかだ。
遊郭の女郎や禿の前では天真爛漫、明るく優しく人情味溢れるため、他の女郎からも人気があった。
和葉は女郎たちからは信頼を、客からは本気で言い寄られるほどの女になっていたのだ。
◇◆◇
小さな頃からこのお歯黒溝で囲われた廓の中で育ち、
男に抱かれることでしか生きていくすべをアタシは知らない。
「和葉ちゃん!」
「蘭ちゃん。」
最近女衒から売られてきた蘭ちゃん。
最初こそは厳しい廓の、遊女の世界に泣き目を腫らしながら毎日必死そうだったのが、今は余裕があるらしい。
笑顔でいることが多くなった。
「聞いて、和葉ちゃん。」
恥ずかしい話なんだけど、と頬を赤らませて嬉しそうに微笑んでから、蘭ちゃんは髪を揺らした。
「私、きっと好きな人がいる。」
そう言って、蘭ちゃんは笑う。
今日も来てくれるの、なんて言いながら。
アタシは、蘭ちゃんにあわせて笑ってから、す、と鏡を眺めて紅をひいた。
もうすぐ夜。
格子にいかなきゃ。
「蘭ちゃん。」
なぁに?と不思議そうに聞いてきた蘭ちゃん。
まだ遊女になって間もない、汚れを知らない心。
男をまだあまり知らない、蘭ちゃん。
「男を信じちゃあかんよ。」
それだけ言ってから、アタシは障子をぴしゃりとしめた。
今日はどんな男に抱かれるんだろう。
向日葵の簪をさして格子にはいる。
みんなと並んで座って。
まだ咲かない向日葵を思った。