「寿先生、好きです!私と付き合って下さい!」
時間に余裕ができてまったりとしていたぼくは、その日。
青い春に、強襲された。
放課後の早乙女学園。
生徒達は寮に帰るなり、自主練習なり、それぞれ思い思いの時間を過ごしているせいか、どこか閑散とした空気が学園全体に感じられる。
ぼくは、その学校らしい懐かしい空気を感じ取りながら、自分用に宛がわれた部屋に入った。
林檎先輩が長期ロケに出掛けることになってしまい、臨時教師として代行を頼まれただけのぼくの部屋は、閑散としている。一応必要最低限のものは用意されているから、困ることはないのだけれど。
自分用の椅子に腰かけて、背もたれに体を預ける。
すでに遠い昔に思えるが、自分も以前は生徒としてこの学園に在学していたことがある。今現在教えている生徒達をみると、懐かしさにいろいろ思い出が湧きあがってくる。
もちろん、それは良い思い出も、悪い思い出も。
でも、そのどれもぼくにとっては大切な思い出達で、柄にもなく感傷に浸っている時。
コン、コン。
扉がノックされた。
ぼくに用事がある人間なんて限られている。一体誰だろうか。
「はーい、どうぞー」
龍也先輩辺りだろうか。
そんなことを思いながら返事をしたぼくは、了承を得て扉を開けた人物に首をかしげた。
「えと、君は確か」
「はい、Aクラスのみょーじなまえです!」
学校指定の制服を着ている女子生徒は、林檎先輩が受け持つAクラスの生徒、つまり今現在ぼくが担当している生徒の一人だった。
名乗った彼女に、ぼくは急いで記憶している彼女のデータをひっぱりだす。
作曲家コースに在籍していて、成績は良くも悪くもなかった。でも確か林檎先輩曰く、時折凄い才能を発揮する時があるとかないとか。一応ぼくも彼女の提出した課題に目を通したことがあるが、その才能と言うのは本当に稀な確率らしく、ぼくはまだその才能に出会ってはいない。プロとしては、ムラがありすぎて通用するのか怪しいところだろう。
が、そんな生徒はそれこそ五万といる。
特にこれと言って目立つような生徒ではなかったと、ぼくは認識していた。
そのみょーじが、何でこんな時間にぼくのところへ来たのだろうか。
「あー、えと、とりあえずそこ座って座って」
来客用の椅子を勧め、ぼくはインスタントの紅茶を用意する。
わざわざこんな時間にここに来たということは、相談か何かだろう。
何も臨時教師のぼくなんかより、それこそ林檎先輩に相談に乗ってもらえばいいのに。
よっぽど急を要することでもあるのだろうか。
そんなことを思いながら、ぼくは用意できた紅茶を彼女に置く。そして、自分は彼女の対になる場所に腰を降ろした。
「で、みょーじちゃん。──どうしたの?」
臨時とはいえ、後輩の指導となれば話は別だ。
どんな相談ごとだろうと、きちんと受け止めて話を聞いてあげなくちゃ。
何を言われようとも動じないにしよう、そう覚悟を決めての問いかけだったのだけれど。
実は、と前置きをして彼女の口から出た言葉に、ぼくは笑顔のまま固まってしまった。
「寿先生、好きです!私と付き合って下さい!」
「……は?」
前のめりになりながら、ぼくを見つめる彼女。
対して、ぼくは持っていた紅茶のカップを落としそうになり、あわあわとしてしまった。
え、今この子なんて言った。
聞き違いだろうか。いや、絶対そうに決まっている。
おい、しっかりしろ寿嶺二。
どうやら、ぼくは自分が思っていたよりもこの臨時教師という代役に疲れていたらしい。まさか幻聴が聞こえるなんて。
この子が、ぼくに告白するなんて、そんなことあるわけ無い。
「えと、めんごめんご。ちょっと聞こえなかったっていうか」
ぼくは、再度笑顔を浮かべたのだけれど。
「私、寿先生が好きなんです!ファンって意味じゃないですよ!?あ、もちろんファンでもあるんだけど……」
「え、えと」
「──でも、そういう意味じゃなくて、私、恋愛感情として、寿先生が好きなんです!」
聞き違いならそれで良かったし、もし聞き違いじゃなかったとしたら、彼女に考えるなりするチャンスを与えたつもりだったのだが。
それは見事にみょーじには伝わらなかったらしい。
いや、きっと伝わったのだろうけど、そんなぼくの考えなんて関係ないぐらい、彼女の意思は強いものだったようだ。
「……」
「……」
そりゃぁ、わざわざ放課後にぼくの部屋を訪ねてくるぐらいだから、相当な覚悟をしてきたのだろうけど。
さて、困ったことになったな。
言うだけ言って、今更に顔を真っ赤にしているみょーじを見る。
こう言っちゃなんだが、見た目だけならば可愛い部類だし、何も知らない真面目そうな感じが、案外ぼくの好みどストライクだ。
だけど。
ぼくたちには、お互いの立場がある。
ぼくはシャイニング事務所の人気アイドルで、今現在はその養成所を兼ねたこの学校で臨時教師。
みょーじはこの早乙女学園で作曲家を目指して学び、いつかはうちの事務所に所属することを望んでいる生徒。
そのどちらも、社長兼学園長のシャイニーさんから言い渡されていることがある。
絶対に、恋愛禁止。
それを破ったら、大変なことになる。
最も、ぼくの場合は上手くやれば社長も目をつぶってくれるだろうけど。
だけど、彼女の場合は速攻退学だろう。
作曲家の夢はそこで途絶えてしまう。
って、ぼくは何考えているんだよ!
みょーじが好みとか、ばれたらとか、何で付き合う前提思考になっているんだ。
あー、駄目だこれ。
前を見れば、みょーじが真っ直ぐとぼくを見ていた。
顔は赤いが、真剣な眼差しがぼくを映している。
きっと、彼女は本気でぼくを好きでいてくれるんだ。それこそ、夢を追っている今こうして想いを告げてくるということは、退学も覚悟しているのかもしれない。
「──若いっていいなぁ」
「え?」
「あ、こっちの話。気にしないで」
誰かを好きになって、その人のことだけを考えて後先も考えない。
若さゆえの過ち、と言うのはまさに彼女の行動にぴったりと当てはまる言葉だろう。
普段のぼくならば、なんて軽率で馬鹿なことをしているのだろうなんて、そう思うのだけれど。
何故だろう。
今、目の前のみょーじに対しては、そんな軽蔑的な感情は浮かばなかった。
むしろ、真っ直ぐとぼくに想いをぶつけてきたその姿勢を、高評価している自分がいたりする。
ぼくも昔はこんな感じだったのかなぁ。今はもう戻れないとわかっているからこそ、学生時代という青春が詰まった時代を、懐かしんで羨望してしまうのは、大人ならば誰しもあることだろう。
だから、だろう。
若いっていいなぁ、青春だなぁ。
それが、今の彼女に対しての素直な感想だ。
臨時とはいえ、教師をやって、久しぶりに学校の空気に触れたからだろうか。
少し、感化されたのかもしれない。
でもま、だからと言って彼女の告白を受け入れるわけにはいかない。
きちんと、大人として、教師として彼女を導かなければいけないから。
「みょーじちゃん、悪いけどぼくは君の気持には応えられない。──ごめんね」
はっきりと、彼女の告白を断った。
せめて君が生徒じゃなかったら、もう少し、何とか無かったのかもしれないけれど。
でも、それを言いだしたらきりがないし、それに何よりぼくたちの接点はこの学園だけだ。そんな、ありもしないことを考えるだけ無意味と言うもの。
ぼくの回答に、彼女はそうですか、とだけ返事をした。
俯いてしまった彼女には悪いが、これで良いのだ。
ぼくは間違っていない。これが、正しい解答なのだ。
そう、それは解っている。
それなのに。
何故だろう。
ちょっと、なんか、惜しいなと思う自分がいる。
何が惜しいんだよ。
彼女の未来を考えたら、断るのが正しいに決まっている。
むしろ、断っただけなんて甘い方だろう。注意して叱っても良いぐらいだ。
でも、ただ俯いているみょーじを見てたら可哀想になってしまって。
気づいたら、口が勝手に動き出していた。
「だけど、もし君が卒業オーディションに優勝したら……君のお願いを、一つだけ聞いてあげる」
「え?」
あれ?
がばっと顔をあげるみょーじと、ばちっと目が合う。
彼女の顔は驚いた表情をしているが、ぼく自身もきっと同じそれを浮かべているはずだ。
自分でも驚くことを口にしてしまったのだから。
今、ぼくは何を言った?
一生徒に、とんでもない事を口走ってしまった。
慌てて口を押さえるも、一度口にしてしまった言葉を撤回なんてことはできない。
「寿先生、それは……優勝したら、付き合ってくれるってことですか?」
「え、あ、いや……それは、その」
いくらなんでも思いつきとはいえ、今のぼくの言い方ではそう取られてもおかしくない。
でも、流石にいくらなんでもそれはまずいだろ。
卒業したからといって、恋愛して良いということにはならない。
いや、ぼく個人としては別に問題ではないんだけど。
でも、卒業しました、はい付き合いました、は流石にあり得ない。
だって、ぼくたちはお互いのことを良く知らないのだから。
今ぼくは彼女の若さというか、勢いに押されて、ほだされかけているのだろう。
だけど、それとこれとは話は別だ。
恋愛感情を彼女に抱いているかと言えば、答えはきっとNOだ。
まぁ、これから芽生えるかもしれないって言うのは否定できないけど。
なんて応えて良いものかと悩んでいると、みょーじが突然、そうだとっと両手をぱんっと叩いた。
まるで名案が浮かんだというそれに、ぼくは何事かと首をかしげる。
そんなぼくに、彼女はふふっと笑って。
「それじゃ、私が優勝したら、先生の専属にしてください!寿先生、専属の作曲家っていませんよね!?」
嬉々としてお願いを口にする彼女に、ぼくは素直に心の中で拍手を送った。
なるほど、それは名案だ。
いや、どの辺りがと言われると、ちょっとぼく自身も困るんだけど。
だけど、そもそもこのお願いには条件がある。
彼女が、みょーじが、卒業オーディションで優勝するということ。
こう言ってはなんだが、彼女の今の成績では良いところまでは行くかもしれないが、優勝は無理だろう。
少しだけ、思考が冷静さを取り戻す。
さっきは勢いで言った提案だったが、そもそも叶うはずのない願いなのだ。
そう思ってしまえば、深く考えることもないだろう。
むしろ、この約束のおかげで彼女が優勝は無理だとしても、良い成績をだしてくれればいい。
だから。
「──わかった。約束してあげる」
ぼくは、彼女の提案を笑顔で受け入れた。
卒業オーディションは数ヶ月先の話だ。
私頑張りますから、そう言って笑顔で部屋を後にするみょーじ。
青春街道まっしぐらのそんなみょーじが、少しだけ羨ましいなんて思いながら、ぼくはその背を笑顔で見送ってあげた。
それから数ヵ月後。
ぼくは社長に呼び出され、笑顔の彼女と再開することになるんだけど、それはまた別の話。

END
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