シトシトと雨が降る音を聞きながら憂鬱な気分で自宅へと着いた。仕事に出たときは「明日は嶺二もオフだから久しぶりにゆっくりするのもいいし、出掛けたいな」なんて思ってたのにこの有様だ。依頼されていた曲作りの、依頼主のイメージと私のイメージがことごとく合わなくて、悔しくなってレコーディングルームにこもりきって納得いくまで仕上げて、朝一で漸くOKが出た。よって朝帰りとなったわけだが、徹夜明けの体は怠い上に雨に濡れた所為で寒さを訴える。昨日の時点で深夜から明け方にかけて雨が降ることは知っていたけれど、もちろん自分の帰りがそこまで遅くなるなんて、折り畳み傘が役に立たないレベルの雨が降るなんて、予想だにしていなかった。自分の考えの甘さを呪いながらもなんとか自宅に着いて、ようやく安堵したところだった。


「ただいま…」


時刻は漸く朝になったとでもいうべき時間。寝てるだろうな、と同居する恋人のことを思いながらも小さな声で呟くと、意外にも物音が聞こえ、早朝だというのに元気な嶺二の声が聞こえてくる。


「なまえちゃんお帰り!心配したんだぞう〜って、どうしたのそんなに濡れて」

「ん〜雨すごかったから」

「ありゃりゃ…傘は?」

「折り畳みはあまり意味なかった…」

「んもう、風邪引かないようにね。はい、タオル」


髪から滴を垂らし、水を吸った所為で濃く色が変わった洋服を見た嶺二が、すぐさまタオルを用意してくれた。はい、と言っておきながら頭にそれを被せるようにして、そのまま優しく拭いてくれる。ふわりとしたタオルの感触と、わしゃわしゃと水気をぬぐわれることで柔軟剤の香りが舞って、それだけで何だか泣きそうになった。よっぽど疲れているのかもしれない、と溜息を吐くと、それを塞ぐように「おかえり」ともう一度言われてキスをされる。


「嶺二早いね…オフなのに」

「本当は寝坊でもしようと思ったんだけどね!なまえちゃんが帰ってないのも気になったし、れいちゃん最近ロケで早起きだったからね〜」


身についちゃったかな!と笑う嶺二は、確かにこの前までドラマだか映画だかの撮影で早朝ロケがあって、起きるのも早かった。もともと寝起きはいい男だし、今日の早起きも苦ではなかったのかもしれない。リビングに入ると、ふわりとコーヒーの香りが香って、ああ家はいいな、なんて思う。そのままソファーに倒れ込むようにして眠ってしまいたかったけど、冷えた身体をどうにかしろと嶺二にバスルームに押し込まれて、ついでに一緒に入る?なんて茶々を入れられた。なんとかシャワーを浴びてリビングに戻れば、待ってましたとでも言いたげに湯気を揺蕩わせたミルクたっぷりのコーヒーがテーブルの上に置かれていた。


「淹れてくれたんだ、ありがと」

「れいちゃん特製あま〜いラブの入ったコーヒーだよん」

「お砂糖ね」


ミルクと砂糖がしっかり入ったコーヒーは、それよりもきっとカフェオレに近くて、疲れた身体に甘さがすうっと染み込んでいった。せっかく嶺二がオフなんだし一緒に過ごしたい、そう思ってシャワーでなんとか目を覚ました筈なのに、気怠さが身体を襲ってこのまま横になったら数秒で沈没してしまいそうだと思いながら目をこすった。それが私の眠気のサインだと熟知している嶺二は吐息で笑うと、こっちこっちとソファーに座って隣を指す。そこにいったら確実に危ういことが分かっているのに誘惑には勝てなくて、嶺二の隣に腰掛けるとその肩に頭を預けた。


「なまえちゃん寝てない日が続いてるでしょ?」

「あ…ばれた?」


実をいうとそれなりに睡眠時間を削って出した曲の末の意見の相違だったから、ここ数日の睡眠時間は短いし、なにより昨日は寝ていないというのが結構つらい。言ってなかったはずなのにな、と半ば降参したような気持ちでいると、肩を抱いた手がいつのまにか頭を撫でるようになり、ずるるずるりといつのまにか嶺二の膝を枕に寝そべるような恰好になってしまった。こんな筈ではなかったのにと思う反面身体は重くて動かなくて、それを制すようにポンポンと優しく撫でられたものだからもうあとは確実に落ちていくのみだ。


「せっかく嶺二がオフなのに〜」

「どっか行きたかった?」

「そう簡単にいけるものでもないけど。買い物…」

「じゃあ起きたら行こっか。おいしいカフェが最近できたんだよ!なまえちゃんへのオススメはシフォンケーキ〜」

「ん〜雨…」

「並んで傘さして歩くのもさ、たまにはいいんじゃない?」


段々と会話に答えるのも億劫になってきて、それに拍車をかけるように優しい掌が額を撫でて髪を梳く。そう簡単に二人で出かけることはできない身なのは重々承知しているけれど、想像するだけならとても楽しくて、眠気も手伝ってふわふわと舞うように心が躍る。仕事帰りはあれだけ憂鬱さしかもたらさなかった雨が、今は静かに窓の外で響いていて、まるで子守唄のようだと思った。私の思考を読んだように、低く優しい嶺二の鼻歌が聞こえてきて、ふわりと宙に浮かぶような感覚で意識を手放した。雨音が遠く響いて、それが柔く止んだ頃に、並んで傘をさしながら散歩するのもいいかもしれないとどこか遠くで思っていた。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -