もぐるのは得意だ

息を目一杯吸って、肺を満たして、沈むんだ

深く深く、馬鹿の一つ覚えみたいにもぐればきっと誰も探さなくなるだろうから



僕は笑顔で息を止めるよ







「嶺ちゃん?」


「…………びっくりした」


誰もいないレコーディングルームに腰を掛けぼうっとしていたら、急にドアが開いてなまえちゃんが入ってきた

なまえちゃん…彼女は以前僕の曲を担当してくれた作曲家だ

普段は落ち着いた様子だが彼女の作る曲は全体的に熱が籠もってる、ようは熱血
聞くところによると日向先輩に気に入られているみたい


そんな彼女が僕の元に来たのは数ヶ月ぶりだったりする、何の用だろう


「どうしたの?熱血ちゃん」

「熱血言わないで下さいよ…嶺ちゃんの方こそどうしたんですか」

「え?」


なまえちゃんはそう言うと先程まで部屋に響いていた僕の新曲を停止した


「黒崎さんじゃあるまいし、音楽聴きながらぼうっとしないで下さいよ」


嶺ちゃんらしくない…そうぽつりと続けた彼女の言葉に僕は内心首を傾げる


「僕だってちゃんと曲は聴くよ?」

「そんなに無言で、リズムにも乗らない嶺ちゃんをらしくないって言ったんです」


彼女の一言にハッとする


確かに僕は音楽を聴く時、無意識に足でリズムをとったりメロディーを口ずさんだりする事が多い

それが黙り込んでいたと言うのだ、確かに彼女からしたら不思議に思うだろう


「…何か悩んでるんですか?」

「悩む…」


いや これは悩むというより…半ば諦めに近い心境かもしれない

僕に纏わりつくあれこれに、身体全部を持っていかれて脱力してたんだ


年とか…友人とか…歌唱力とか……

嫌だなぁ…僕らしくない





「…ねぇなまえちゃん、信じられないくらいブレス位置の無い曲があったらさ、どうすればいいのかな」


馬鹿な質問、尋ねた後に僕はそう察した

ブレスなんて自分で作ればいい
自分の思う場所で呼吸すればいい

でも僕は、ちょっとだけこの質問に対する彼女の返答が気になったのだ


しかし、僕がどう答えるのだろうとわくわくする気持ちになる前になまえちゃんは即答した


「自分の限界を超えるくらい声を出して、その後思いっきり息を吸えばいいじゃないですか」

至極当たり前といった様子で彼女は答え、僕は唖然とする


「いや、それはそうなんだけど、でも」

「男なら」


なまえちゃんはそこで言葉を切り、僕の両肩を小さく細い手で掴んだ

反動でぴくっと肩が揺れたけれど彼女は気にする事無く言葉を続ける


「自分の限界超えてなんぼですよ」

「…………」

「嶺ちゃんなら大丈夫、ブレスだって高音だって…リズム感だってある」

「なまえちゃん…」


彼女の目はぎらぎらと輝いており、なるほど熱血と言っても可笑しくないくらい熱い目線を僕に向けていた


「もがいて必死になればなるほど…アイドルは輝いていきますよ、嶺ちゃん」


そう言って僕の額を軽く右の拳で小突いた後、彼女は満足したように出口の扉へ向かった

ノブを捻りながら思い出したかの様に「そうそう」となまえちゃんはこちらを振り返った


「私嶺ちゃんの大ファンですから」


「えっ」


そう言ってなまえちゃんは颯爽とレコーディングルームを後にした





「………全部、お見通しって事だった訳ね…」

なまえちゃんは始めから分かってたんだ、僕が落ち込んでいた事

だからこうやって僕の元に来て、僕の道を示してくれたんだ


僕は乾いた笑いを一つこぼし、ふとある事を思いついたので手元の携帯を手に取った



「…あ、プロデューサー?あのさ…ちょっと曲の方で提案があるんだけど…………理由?



………ちょっと僕の本気を見せたくなってね」



もがくのを諦めていた僕を、君は救い出してくれたのかもね



のために息をする
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