▼ミルフィーユ
「いらっしゃいませー」
からんからん、という入店を知らせる音とともに、反射的に言う。すると、入店したお客様と、ぱちり、と目があった。そして、一目で彼だとわかった。
今、レジを担当しているのは、私。つまり、私が彼の接客をすることになる。
(うわああああなんか緊張する)
彼がこの店に来るようになってから、なんとなく彼のことを見てきたけれど、接客は初めてである。なんでかわからないけど、緊張する。心臓がどくんどくんと波打っているのが分かる。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「ふむ……」
あれ、意外。
いつもの彼ならば、スパッと決めているはずなのに。うーん、今日は何を食べるのか悩んでいるのかな。まあこの店は結構色々なお菓子が揃っているし、私も最初に来た時は悩んでいたけれど。
「貴様のおすすめはなんだ」
「えっ」
「だから、貴様のおすすめは何だと聞いている」
なんかおすすめ聞かれちゃったよ!え、どうしよう、え、どうしよ!!内心慌てているが、これでも必死にポーカーフェイスを保っている、つもりだ。保てていないかもしれないけれど。
「私のおすすめは、こちらのミルフィーユになります。とてもさくさくしていて美味しいですよ」
「では、そのミルフィーユとコーヒーをひとつ」
かしこまりました、というと私はコーヒーをキッチンのメンバーに頼んだ。ミルフィーユは、レジ横のショーケースに入っているのでそこからお皿に移す。
キッチンから淹れたてのコーヒーを受け取ると、トレーにのせ、そのまま彼のもとへ届けた。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
テンプレートな言葉を告げると、彼は「ありがとう」といい、微笑んだ。う、わ。なんというか、すごく、綺麗な笑い方だった。さっきの緊張とはまた違う意味で、どくんどくんと脈打っている。なんだろう、この、気持ちは。
さくさくミルフィーユ
(ああ、もう、)
(心臓がうるさい)
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