present | ナノ


*恋人未満



昇降口から一歩外に踏み出せば、体全体を包む肌寒い風。周りを見渡せばぴったりとくっついて互いを暖めているカップルが多数。それに比べて私は1人。今まで恋なんてしてこなかったし、今も特に気になる人なんてものはいない。ため息を1つ吐いてから足を進めると、いつも聞こえてくる騒がしい部活の音が全く聞こえず、担任が朝言っていたことを今になって思い出す。伏せていた顔をあげてみると、校門に見なれた人影。

「伊月だ」
「あ、やっと来た」
「あれ、待ち合わせとかしてたっけ」

首を横に振る伊月に安心はしたけど、じゃあなんで、と口から思わず出た。付き合いが浅いわけでもないのに、今日はどこか変。

「ちょっと、話があるんだ」
「そ、う」

今までに見たことのない真面目な顔で言われたら断るにも断れない。特に断る理由もないけど。でもその場で話をするわけではないらしく、帰り道をただ無言で歩く。オレンジ色に照らされたコンクリートを見つめながら、無言に耐えられず名前を呼んでみる。

「えっと、話って、何」
「ああ、えっと」

いつもの駄洒落もなく、緊張した様子の伊月にこっちまで緊張してしまう。立ち止まった伊月に合わせて私も立ち止まると、息を吸い込む音だけが聞こえた。上手く言えないけど、とやっと話しだした伊月に私はただ返事をすることしかできない。

「俺、なまえのこと好き、みたいなんだ」
「え...、は?」

思わず間抜けな声がでる。今まで伊月に対してそんな感情を持った事はないはず、なのに好きと伝えられたら妙に意識してしまう。伊月の顔は見れずにただ自分の影を見つめる。今の気持ちをどう伝えたらいいのか分からないまま、再び長い沈黙が続く。

「あの、さ、伊月」
「うん」
「返事、だけど」

少し考えたいの、と小さくなった声で言う。返事のない事が気になって顔をあげると、眉を下げて分かったと笑う伊月。意識していたからか、そんな表情にも心臓の音が大きくなる。

一目惚れと言ったら君は笑うかな

(また気持ちを伝える時は私から)




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