present | ナノ


お昼休み開始のチャイムと同時に教室を出てまだ人の少ない階段を駆け上がる。いつものように手に持ったお弁当と携帯を落とさないように握りしめながら屋上の扉の前で足を止め、あがった息を整えてから重い扉を押し開ける。携帯を開くと、画面にはいつもの時間。今日も遅れる事なく来れたみたいで良かった。お弁当を地面に置いてしばらく待つと、携帯が震えた。急いで開いて、通話ボタンを迷う事なく親指で押す。

「もしもし」
「あぁ、もしもし。元気だったかい?」
「うん。赤司君は?」
「僕はいつもの通りだよ」

電話越しに聞こえるくぐもった大好きな声。他愛のない話をしながら笑う赤司君を考えるだけで頬が緩むけれど、私が知っているのは中学生の頃の彼。高校生にもなればきっと彼は変わってしまっているだろう。そんな事を考えては1人で不安になって吐き出さないまま溜め込む。考えているうちに相づちを打つ事も忘れていたらしい私の名前を呼ぶ声が電話越しに聞こえて、慌てて返事をする。

「僕と話しているのに考え事か?」
「ちが、その...ごめん」
「ああ―――やっぱり、この距離は遠いね」

どんな言葉が返ってくるかと思えば、呟かれたのは寂しげな声。名前を呼びかけてみても返事がない。寄りかかっている壁の向こうからは誰かの足音が聞こえてくる。もう一度赤司君、と呼びかけてみると久々に聞いた笑い声が電話の奥で響いたのと同時に扉が開かれ、思わず顔があがる。そこには見覚えのある、赤。

「やあなまえ」
「赤司く...」

携帯を持っていた私の右手は赤司君に引っ張られ、気付けば目の前は真っ暗。背中に回された赤司君の手で抱きしめられている事に気付く。行き場の無くした私の右手から携帯が落ちていくのを見ながらゆっくりと目を閉じた。

また遠のいてしまう前に




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