present | ナノ


組んだ腕にはめている時計にちらりと目を落とす。待ち合わせの時刻まであと三十分、か。かれこれ待ち人を待ってもう一時間と半分はこうしているだろうか。ただただあの人に会えるのが楽しみで、待ち合わせの二時間前に来てしまった自分が悪いのだけれど。そもそもの話、相手はいつも時間ぴったりに来るのだから自分もそのようにすればいいものの、もしかしたら早く来るかもしれないなんて淡い希望を抱いて早くに来てしまうのだ。

もう六月とはいえ前日に雨が降ったばかりの公園は少しばかり冷える。半袖を着てきたのが間違いだったかとむき出しの腕をさすると摩擦熱でほんのりと暖まった。自動販売機には既に温かい飲み物は置いていない。長袖を着て元気に走り回る子供を見て羨ましい眼差しを向けてしまうのは仕方がないことだろうと言い聞かせる。果たして彼は、そう南沢さんはきっちり三十分後に姿を現した。相変わらず洒落た格好をするものだ。思わず自分の服装を見返してしまい溜息をつく。

「どーした、溜息なんかついて」
「別に、なんも」
「なあ倉間」
「はい?」
「おまえ寒くないの」

この男に対しては隠しごとなど到底出来ぬようだった。寒い、です。素直にこぼせば、南沢さんは自分が着ていたジャケットを脱いで俺に放ってくれた。ありがとうございますとすみませんを続けてジャケットに袖を通す。先程まで彼が着ていたそのジャケットは人肌で温もっていた。暖かいや。自然と笑みがこぼれる。南沢さんも仕方ねえなと笑っていた。手、繋いどく? なんて言葉が彼の口から出たことには少し驚いてしまったけれど。指をそうっと絡めて空を見上げる。いっそ気持ちいいくらいの晴天は、絶好のデート日和だった。

「さあて行くか」
「はいっ」

暖かいジャケット、南沢さんの手の温もり。なんて幸せな予感しかしないのだろう。サッカーで嫌なことが沢山あって、勉強だってなかなか難しくて上手くいかないし、苦しいこと、辛いこと、いっぱいあった。けれど南沢さんといるときだけは全て何もかも忘れられる気がした。青い空は昨日の雨で不純物を全て洗い流されたようにどこまでも突き抜けるように青い。この青もいつかは茜が射してほんのりと紫に変わっていくのだろう。青と紫、まるで俺と南沢さんみたいで何だかくすぐったくなった。

紫陽花を捧げて



椎名様より 相互記念!

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