present | ナノ


黒板とにらめっこをしながら白い文字をノートに書き写す。教師の説明も耳には入らない。時計を見てもあと15分も残っている。斜め前の緑色の髪の彼は背筋をぴんと伸ばして真面目に話を聞いている様子。その後ろは、と気になって視線を移すと、背筋を曲げたり伸ばしたり、右手でシャーペンを回して遊んだりと退屈そう。休むことなく動く右手が面白く、黒板に書かれる文字を写す事も忘れてその手に見入った。

やがて右手に握られていたシャーペンは紙の上を滑り、その紙はそのまま私に回ってくる。顔をあげて高尾の表情を確認すると、頷かれた。折り曲げられる事もされていない紙の右端には、高尾の感情がそのまま出たような文字。いっしょに帰りませんか。いつもと口調の違うその一言だけでも頬が緩んで、隣にいる高尾にバレることがないように左手で必死に口元を隠しながら高尾の文字の下に返事を書く。喜んで。それだけ書いて左側に差し出す。

私が黒板の文字を写す暇もなく左側から戻ってきた紙。私の文字の下にはまた一言。自転車の後ろ載せてやるよ。文字だけでも高尾の表情が浮かんできて、1人で恥ずかしくなる。ああ、でもそういえば、いつも緑間と一緒に、というか後ろの四輪に乗せて帰っていたような。少し前にじゃんけんをして決めているが勝った事がない、という話を聞いた覚えがある。今日 緑間はいいの?教師の目を気にしながら左側に紙を回すと、目が合った高尾は微笑んでる。そういうところが、狡い、し、好きな部分でもある。

真ちゃんは用事あるって。そうなんだ。そうそう、だから後ろ乗っていいよ。ただでいいなら。もちろん。ノートをとることは諦めて、左側から回ってくる紙に返事を書いて、また左側に回す。という動作を続けた。高尾の字と私の字が交互に書かれる紙は未だ折り曲げられる事はない。最後の高尾の言葉に返事を書こうとシャーペンを持ち直すと、隣から手が伸びてくる。不思議に思って目線を移せば、高尾は手招きし、自分の耳に触れる。耳を貸して欲しいという事だと解釈し、音を鳴らさないように椅子を左側に寄せて耳を近付ける。

「やっぱ代償ありで」

何を今更。思ったが乗せてもらう側だから仕方ない、にんまりと笑っている高尾の言葉を促そうと再び耳を近付ける。教師はこちらに目を向けようともしない。高尾はわざわざシャーペンを置いて、私の耳と自分の口元を隠すように手で覆う。

「好きって言ってよ」

わざと、いつもより低い音で囁かれる言葉に、勢いよく椅子ごと離れた。大きな音に教師がこちらを睨むが、それは笑ってごまかした。高尾を見てみれば、まだにんまりと笑っている。力が抜けた右手に再び力を込めて、シャーペンを握り直す。紙に書いてある今までの会話の下、小さく私の気持ちだけを書いて、折り曲げられる事の無かった紙を半分、また半分折って高尾に投げ付ける。ちらり、横目で高尾の様子を見てみれば、突っ伏している赤い顔と目が合った。

ピンクの絵の具で染めちゃえばいい




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