short | ナノ


*科学者とロボット設定



「博士、コーヒー」
「あぁ、そこ置いといて」

小さな音をたてて置かれたカップからは白い湯気。それを置いた本人は未だ立ち去ろうとしないで、俺の椅子の横に立っている。視界の端で水色の髪がふわふわと揺れるのは、中学生の頃のあいつの身長と同じまま作ったから。中学生の頃付き合っていたのは男だった、しかも年下。高校生まで一緒にいて、俺が卒業した途端、音信不通になって、それからなんでロボットを作ったのかは自分にも分からない。何故あいつと同じ名前を付けたのかも。

「どうした」
「いえ、別に」

無表情のまま口だけを動かすのはロボットだからで、あいつとは別のものだ。感情を与えなかったのは俺だけが年をとっていなくなってしまっても悲しくならないように。あっそ、と言い放ってパソコンの画面に再び視線を移しても倉間の視線が気になって、椅子をくるりと回転させて倉間の方を向く。

「倉間」
「はい」
「見ててもいいけどさ、椅子に座れよ?」
「わかりました」

俺の指示通りに椅子を取り出して座る倉間は、可愛く感じたが心に空いた穴を広げるだけだった。感情もなければ知りたい、という気持ちもない倉間は、俺のやっている事に疑問も持たずにただずっと俺の顔とパソコンの画面を交互に見るだけ。静かな部屋にはキーボードの音と風の音だけが流れている。





「博士」
「あぁ、悪いな」

ベッドに横たわって見る倉間は大きく見える。実際はロボットだから身長も伸びないし年もとらないんだけど。どうやら倉間を作ってからもう何十年も経っていたようで、窓に映った俺の顔は随分老けている。こちらを見つめる倉間の頬を震える右手で撫でてやると、左手は倉間の両手に包まれた。寝てしまえばまた倉間の手を握ることができる。きっと起きたら中学生で、またあいつと一緒に過ごすことができる。そう思って目を閉じてみると、何も考えられなくなった。





目を閉じて動かなくなった博士は、ロボットと俺には感じられないけどきっと冷たくなっているんだろう。博士が部屋に籠っている時にテレビで見た、ドラマではたくさんの人が泣いていたけれど、俺には悲しいという感情も嬉しいという感情もない。それがどういう意味で、どういう時に使うかは博士が教えてくれた。俺が博士がかつて愛した「倉間」という人の代わりだという事も、博士の持っている写真で知っている。

「博士」

もう呼んでもぴくりとも動かない。寝ている時にたまに流す涙も流れていない。その姿を見ていると、心の奥が締め付けられて座っていられなくなる。立ち上がってみても喉が苦しくて、もう1度博士、と呟いてみた。

届かない



Music : ココロ

back