short | ナノ


「ギャリー、どれ頼むの?」
「そうねぇ、悩むよりはまず1皿頼んじゃいましょ」

ふふ、と口元に手を添えて笑うギャリーは男の人で、10年前に不思議な体験をした時には勿論疑問に思ったけれど、いつの間にかそれが普通になっていた。美術館で不思議な体験をしてから毎年美術館に行ってはいたけれど、ずっとギャリーに会えずにいた。ハンカチを返してもらわなければいけない事もあったけれど、マカロンを一緒に食べに行くという約束は果たしたかったから。19歳になってやっと会えたギャリーは大きな赤い薔薇のあった場所にいて、髪は少し伸びていたけれどボロボロのコートは変わらないままで、私に向けてくれる笑顔も変わらないままだった。

「あら、美味しそう」
「本当...私ピンク食べたい」
「じゃあアタシはこの黄色食べようかしら」

いただきます。重なった声に笑いあってからマカロンを一口かじると、不思議な感触と甘い味に幸せな気持ちになる。マカロンに移していた視線をギャリーに移すともう1つ目のマカロンを食べ終えていて、私と目が合うと思い出したようにコートのポケットを漁り出した。またあの時と同じ飴でもくれるのかな、なんて残ったマカロンを口に放り込んで待っていると、ギャリーが差し出してきたのは白いレースのハンカチ。私の名前の刺繍の入ったそれは紛れもなく私の、ギャリーに貸していたハンカチだった。

「こんなに綺麗だったっけ」
「えぇ。私のせいで汚れちゃったから必死に綺麗にしたのよー」
「ありがとう」

受け取ったハンカチを1度握りしめてからスカートのポケットへ入れる。スカートの上から再び握りしめると、あの時燃やしてしまったメアリーの事や動く絵、首のないマネキン、首しかないマネキン、色々な事が蘇ってくる。どれもすごく怖かった事だけど、ギャリーと一緒だったから乗り越えられた事なんだと思う。2つ目のマカロンを食べようとお皿へ手を伸ばすと、そこにはカラフルな色はなく、真っ白いお皿だけが残っていた。

「、あ...ごめんなさいね。つい、美味しくて...もう1皿頼むわね」
「う、うん」
「甘いものなんて久しぶりで」

通りかかった店員さんにマカロンをもう1皿頼むギャリーは、美術館で一緒に逃げ回っていた時と何も変わっていなくて、1人だけ変わって取り残されたような感覚になる。明るい声でどうぞー、と店員が持ってきてくれたカラフルなマカロンの中から今度は茶色いものを取って、半分かじる。完全に飲み込む前に残った半分を口に入れて、次はどの色にしようか1色ずつ指をさしながら選んでいると、ギャリーは長い指で黄色いマカロンを指さした。

「これ、美味しかったわよ」
「本当?じゃあ、黄色食べようかな」
「じゃあアタシはピンクかしら」

1つ目を食べる時の様にお互いに1つずつマカロンを取って、私は半分、ギャリーは全部口へ入れる。黄色いマカロンは逃げ回って私が意識を失った時にもらった飴と同じ、レモンの味がした。やっぱり美味しいわね、と笑うギャリーに笑顔を返すとギャリーは再びコートのポケットへ手を入れて、黄色い包みに入った飴を机の上に1つだけ置いて、また笑った。

魔法のポケット




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