小さい頃、俺が泣くとお母さんも泣いた。俺が苦しそうな顔をするとお父さんも苦しそうな顔をした。そんな顔は見たくなくて、知らないうちに何があっても表情を顔に出さないで過ごしてきた。天馬君達と出会ってからは笑うようになったと自分でも思う、笑うだけになった。 「狩屋、大丈夫?」 「痛そ...保健室行く?」 「えー?大丈夫だよ、これくらい。洗えば平気」 転んだ姿勢から体育座りに直して膝小僧から赤黒い血が流れているのを見つめながら笑うと、天馬君達はすぐに練習に戻っていった。ほんとは痛いのを泣いて吐き出してしまいたいけどそれはしてはいけない事なんだ。それは泣き方を忘れた自分への言い訳だった。息を吐き出しながら立ち上がって水道のある方向へ足を進めていると、右腕が後ろに引っ張られる。 「なに、剣城君」 「膝痛いだろ、手伝ってやる」 「いいよ別に、1人で行けるって」 そうか。呟いた剣城君の顔は酷く歪んでいて、笑いかけた俺が馬鹿みたいだ。剣城君が練習へと戻っていったのを確認してから階段を登って水道に辿り着く。痛い、痛い、痛い、膝小僧についた汚れを水で洗い流しながら心の中で呟く。きっと今は笑えてない。 「俺が痛いだけなら誰も傷付かないだろ、我慢しろよ」 自分に言い聞かせるように呟くと背後から砂利が擦れる音がする。さっきの言葉を打ち消す為に笑顔で振り向くと、眉間に皺を寄せた剣城君が立っていた。苦しそうな顔されると俺も苦しいよ。 「お前、さっき」 「なに?なんのこと?早く練習戻ろうよ、俺先行ってるね」 バレてもいい事だとは思っていても言葉の続きを聞くのが怖くて、口を挟めないように1人で喋ってその場から立ち去った。俺がグラウンドに戻った時にはもう練習は終わっていて、俺も更衣室に戻った。剣城君も俺が戻ってしばらくしてから更衣室へと入ってきた。 「狩屋じゃあねー」 「バイバーイ!」 「うん、じゃあね」 手を振り回しながら叫ぶ輝君に軽く手を振ってから、お日さま園までの道を怪我をした足を引きずりながらゆっくりと歩いた。少し前までは唯一1人になるこの道で泣いて吐き出していたけど、今はもう涙の出し方さえ分からない。 「狩屋」 「え、あっえ?」 「ちょっといいか」 「あぁ、別にいいけど...いつからいたの」 「....今さっき」 嘘のようにも聞こえたが今はそれ以上突っ込まなかった。言葉を促そうと剣城君の顔を見ると、やっぱり先程と同じ辛そうな顔。俺を見て笑ってくれればいいのに、なんで。 「足、さ」 「あぁ、もう大丈夫だよ。痛くも痒くもなかったし」 あとは剣城君が笑ってくれればもっと痛くなくなる。そう付け足すと剣城君は更に顔を歪めた、笑ってって言ったのに。目頭が熱くなって、何年も前に感じた泣く、という感覚を思い出した。でも泣けはしなかった、今泣いたら剣城君がもっと、辛くなりそうで。 「嘘吐くなよ、もう」 「吐いてないよ、変な事言うなぁ剣城君は」 「泣きたい時は泣け、笑いたい時に思いきり笑え」 「なに、言ってるの」 「お前が無理に笑ってる事が、1番辛い」 「あ、あ、」 久々に流れた涙は口から漏れた母音と一緒に地面に1つずつ落ちた。制服の裾で目を押さえて涙を拭ってもずっと溜め込んできた涙は止まらず、道路には俺の声にならない音だけが響いた。剣城君の手が俺の頭に乗って、ふと小さい頃の記憶が蘇った。 「大丈夫、大丈夫」 「う、あ、ありがと、う」 途切れ途切れ口から出た言葉と自然に浮かんだ笑顔はもう涙でぐしゃぐしゃだろうけど、剣城君の頬も緩んでいて何故か少しだけ嬉しくなった。ほら嘘吐きピエロはもう消えていなくなった。 嘘吐きピエロ Music : ピエロ back |