堕ちる






落ちる落ちる。闇へ堕ちる。地表に着くまであとどのくらいだろうか。そんなの彼は知るよしもない。地表に着けば彼はきっと死ぬだろう。いや、きっと、ではなく必ず。そんな彼を助けようと差し伸べられる手。彼はそれを優しく拒む。掴まれることを拒まれた手達はゆっくりと一本づつ寂しそうに姿を消していった。あぁ、もう誰にも掴まれることはない。もう誰にも、触れられることもないのだ。身体に受ける風が快い。ゆっくり意識を手放していく。あの顔を思い出すことも、見ることも、想うことも、もうない。あの声であだ名でない自分の名を呼んでもらったのはいつだったか。いつだということを覚えていなくとも、声は低く掠れていたことだけはしっかり覚えている。もう一度名前で呼んでほしかったな。意識が途切れていく。こんな時なのに彼の事を考えてしまうのはやっぱり断ち切れていない証拠だ。考えるのはやめよう。直に意識も無くなる。彼はゆっくり目を閉じ思考回路を遮断した。

あとは、堕ちるだけ。







段々と大きく見えてくる彼の愛しい人。あぁもう少し、あとちょっとだ。あともう少し待てば愛しい彼を抱き止めることができる。早く。瞬間、彼の声が自分の名を呼んだ気がした。ふわり、と抱き止める彼の身体は酷く軽い。瞑られた瞼がゆっくり開かれる。日本人にしては色素の薄い瞳の色。長い睫毛。綺麗な白い肌。小さく開いた紅い唇。全てが愛しくて堪らない。自分を確認すると見開かれる彼の瞳。
「シズちゃん」
名前を呼べば静雄の目が自分の顔を見つめる。額に口付ければ赤くなって見開いた目をさらに丸くさせた。鼻、頬、とキスを落とし、最後に唇を重ねる。ただ重ねるのみだったキスにも静雄は真っ赤になり両手で顔を隠してしまう。その顔に耳を寄せれば小さく死ね、と呟く声が聞こえた。
「死ね…死ね、消えろうぜぇ…っ」
「やーだ」
そう言えば指の間から困った彼の顔が見える。
「なんでいつも、っ…そうやって、っお前は…っ…!」
「うん。でも俺は君が好きだし君も俺が好きなんでしょ?言わないで居なくなるなんて駄目」
静雄を降ろし、頬を撫でる。隠すその手にキスをすれば舌打ちが聞こえた。もう諦めたのかなんなのか静雄は仕方なさそうに口を開く。
「…あぁ好きだよ。ほんとはな。お前が、誰よりも好きなんだ」
悪かったな。
「……ありがとう」
自然と頬が緩む。彼の口からちゃんとその言葉が聞けるなんて。それにこんなに思ってくれていたなんて。気付かなかった自分に腹立たしい。気づけばこんなことになったりしなかったのに。
「お前はいつも自分勝手だ」
苦笑した静雄の手が臨也の頬を撫でる。
「でもそれで想いが分かるならそれに越したことはないだろう?」

臨也はそれに無邪気に笑い、また静雄にキスをした。








(2011/03/06)
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