「……なんのつもりだ」
「分からないかな」
「……っ……」
キスなんて。なんで。今さらお前は。
「覚えてるよね」
臨也は酷く優しい笑みを浮かべる。やっぱりいつまでたっても俺は、この男が好きだった。
高校の頃。卒業する時に一度だけの触れるのみのキス。新宿へ引っ越すんだって。あの闇医者がそう言った。口では悪態をつくが正直寂しくなった。あの男は俺が好きなのを知っている。だからなのか。そう問う。その男は赤い目を細めて愛しそうに彼を見る。ゆっくり抱き締めて耳元で囁かれる。違うよ。君が好きだからだよ。穏やかな、死ねばいいなどと吐く口だとは思えないくらい優しく囁く。その行為が余計に静雄を苦しめる。離れたくない。好きな奴を置いていくのか。違う。俺の愛は歪んでいるから、君を傷付けるだけだ。だからだよ。歪んでいたっていいのに。抱き締める力を強める。だからさ、待っていて。俺が歪んでない愛を君にあげられるようになるまで。お願い。そう言って静雄に口付ける。触れるだけで。臨也はそれだけして帰った。帰り際に絶対に待っていて、絶対迎えに行くからと言いはなって。
今日は臨也の纏う雰囲気が何故か違かった。あの笑みを消しているからだろうか。高校のあの一言を思い出す。待っていて。向こうはきっと忘れているんだろう。期待なんかするだけ無駄だ。紛らわすかのように殴りかかる。その拳は臨也には当たらず空を切っただけだった。その手を掴まれる。
「シズちゃん」
「んだよ。離せ。死ね」
「そんな話をしたいんじゃない。ちゃんと聴いて」
臨也の眼差しは真剣で静雄には痛いほどだった。あんな臨也はあのとき以来見たことがない。それに驚くのもあり反論はせずその場に立ち止まる。
「ここじゃ言いづらい。移動しようか」
そう言って手をひく。いつもナイフを向けてくるその手に手を引かれる。自分を殺そうとした手なのに手つきはとても優しい。まるで傷を付けたくない様に優しく手を握る。
「離せ、自分で歩ける」
「…嫌だ。こうしていたいの」
こっちを向かずに手を握る力が強まる。こうなったら臨也は絶対に離さない。素直にしたがってそのままついていく。人気のないところまで連れ込まれそこで立ち止まる。ぐっと腕ごと引っ張られ臨也に抱きつく感じになる。
「はぁ……なにしやがる」
不思議と突き飛ばす気にはならなかった。
肩口に顔を埋めせめての抵抗で悪態をつく。高校の頃を期待しているから突き飛ばしたりしないのかもしれない。
「退けないんだね。かーわいー」
ケタケタ笑って頭を撫でられる。あの頃みたいに。優しく。
「黙れ。噛み殺すぞ」
背中に手を回して埋めた肩口に小さく歯を立てる。
「やめてよ、今は殺されたくない」
臨也は尚穏やかに言う。
「離せ」
「やーだ。暖かいもん」
臨也も静雄の肩口に頭を乗せ腕を首に回す。臨也は静雄が暖かいと言うわりに臨也は暖かかった。当たっているところ全てが熱い。体温なんてものじゃなくそれこそ火傷しそうな位に。
「シズちゃん」
名を呼ばれ反射で顔をあげたその瞬間、唇が重なる。
「……なんのつもりだ」
「分からないかな」
「……っ……」
臨也は静かに言う。
「覚えてるくせに」
そして酷く優しく笑い、あの頃と変わらない愛しそうな目を向けて。
「ちゃんと迎えに来たよ、シズちゃん」
「…歪みはやっぱり直せなかったよ。それに直すより先にシズちゃんに会いたかった。今でも愛してる、なによりも」
静雄の頬を自然と涙が伝う。
「………遅ぇんだよ、ばか」
静雄は小さく言って今までに無いくらいに、嬉しそうに笑って臨也にきつく抱き着いた。
2011/01/14