*ただの日常




ぐし、
音を付けるならこんな感じだ。ガシ、というには随分ゆっくりと、かといってピトって感じでもない。ぐし、と少し大胆に坂田は高杉の鼻を摘んだ。
ブチ切れするだろうこの状況は、隣で見ている俺ですら少し恐い。女王の眠りを妨げるのは例え恋人であろうと許さないだろう。


「おい、何してんだやめてやれ」

「えー。だって可愛いんだもん」


スヤスヤと、4限目の授業開始から今の今まで穏やかな顔つきで眠っていた高杉の表情が、次第に苦しそうなそれへと変わっていく。しかし目の前の腐れ天パは高杉が目覚める寸前で摘んでいた指を放し、ニヤつきながら同じことを繰り返した。
なんでも、この苦しそうな表情が情事中の切羽詰まった顔を連想させるそうで。俺は焼きそばパンにかぶり付きながら悪趣味な友人に嫌悪感を抱いた。


「わ、銀時くん何してんの。怒られるよ?」

「あ、なに退ちゃん限定パン買えたの?」

「うん!初めてゲットした!」


購買で売られている1日数十個の限定パンがやっと買えたらしく、嬉しそうにユラユラと揺らす我が恋人。良かったな、なんて言ってやる暇もなく坂田に向き直る。


「てめぇ馴れ馴れしく退ちゃんとか呼んでんじゃねェよ」

「あれれ?ヤキモチですかー?」

「んだと!」

「…ぱッ」


俺がそのモサモサ頭に一発食らわせてやろうと立ち上がった瞬間、未だ鼻を摘まれっぱなしだった高杉が堪えきれず思い切り息を吐いた。


「っは…おい、この手はなんだ」

「えっ?えーと、アレだよ。お前の鼻があんまり可愛いもんだからつい。うん、ついだよ」

「何がつい、だ。殺す気かバカ銀」

「ごめん晋ちゃん。てか"ぱッ"って何?めっさ可愛いんですけど」

「さがるー、パン」

「はいはいどうぞー」


思い切りスルーされた坂田が涙目でこちらを見る。鬱陶しいので俺もシカトを決め込み、食らわすはずだった拳を引っ込めて大人しくイスに座る。高杉はもぐもぐと山崎が買ってきた限定パンに夢中だ。つーかコイツの為に買いに行ってたのかよ。


「はい、イチゴ牛乳の新しいやつ出てたから銀時くんにあげる」

「まじでか!ありがと山崎くん!」


おいおいこんな腐れ糖尿にまでお土産かよ。え、俺のは?可愛い顔してへらへら笑ってんじゃねェよ。え、まじで俺のは?


「つかその銀時くんてなんかむず痒いから呼び捨てにしなさい。あ、銀ちゃんでも良いよ?」

「オイ山崎、今日からコイツのことは坂田と呼べ。アホの坂田でも可だ」

「オイィィ!何でテメェが指図してんだ!あ、またヤキモチですかー?自分は苗字にさん付けだものねぇ。プププ」


腹立つぅぅ!コイツめっちゃ腹立つぅぅ!!


「銀時うざい」

「土方コラァ!お前のせいで高杉に怒られたでしょうが!」

「何で俺のせいなんだよ!」

「ということで愛しの高杉くんがヤキモチ焼くから山崎、今後銀さんのことは坂田くんと呼びなさい。アホの坂田は不可だ」

「銀時ちょーうざ」






*同級生の山崎に銀さんのことを何て呼ばせたら良いのか分からない(苦笑