カラコロと闇夜に響く下駄の音に、口ずさむどこかで覚えた夏の唄。可笑しなお面を頭に付けて、金魚を片手に夜道を渡る。帰り道でさえ楽しいのはきっと。






「晋助!あーん」

「ん、…甘」


シャリ、舌の上で溶ける冷たく赤いそれは高杉には甘すぎたようで、眉を潜めて呟いた言葉に山崎が笑う。予想した答えが返ってきて満足したのか、自分はシロップがたっぷりと掛かったてっぺんの部分をサクッと掬って、見せ付けるように口へ放り込んだ。


「晋ちゃん!俺にもあーんてして!」

「土方にしてもらえ」

「うげ、」


その声は銀時と土方、さてどちらのものだったか。
後ろでギャアギャアと言い争う声が聞こえてきた為それに対抗するように下駄をカラコロと鳴らし歩く。コンクリートにはよく響くのだ。


「楽しかったね」

「…あァ」


祭りというのはどうも気分が良い。
高杉は今年最後の夏祭りに4人揃って来れたことが嬉しかった。口にはしないが長年の付き合いだ、山崎もそれは分かっている。

とはいえ己の格好を見て、柄にもなく子供のようにはしゃいでしまったと少し後悔した。手もとを見れば山崎と半分ずつ分け合った赤と黒の金魚が狭苦しく寄り添っていて、また頭には銀時が苦戦してゲットした変なお面(無理やり装着させられた)が上を向いている。高杉は今すぐそれで顔を覆って自分という存在を隠したい気分だった。しかしそれこそ、数歩前で戦隊モノのお面を付けてやたらとビームを繰り出す子供と大差ないだろう。

ぼんやりと目の前の親子を見ていたらふいに手を掴まれた。そこでいつの間にか親友と恋人が入れ替わっていたことに気付く。


「なんだよ」

「いや、寂しいかと思って」

「は?」


大きな綿菓子の袋をいくつも腕にぶら下げて、確か本日3つ目のリンゴ飴を舐める銀時を見るとコイツもガキ臭いのには変わりない。
繋がる部分に視線を下ろすとその手を、銀時は指を絡めいっそう強く握り締める。

街灯の下、少し不安げな彼の表情を見て思い出した。そういえば去年の祭りの帰り、そんなようなことを言った気もする。あの時は銀時が見つけた所謂"絶景スポット"(人が少ないのは良かったが肝心の花火はあまり見えなかった)で、最後の花火の音を聞いた後急に寂しくなったのだ。大抵祭りの終わりなんてそんなものだと思う。だから何となしに"寂しい"と呟いただけなのだが、この男はそれを覚えていたのだろうか。
だとしたら少し申し訳ないというか、それで手を繋いできたことが何ともこの男らしい。

高杉は小さく微笑んだ。


「あら、ご機嫌?」

「超ご機嫌だバカ」


銀時が隣にいて、さらに今年は山崎と土方もいる。帰り道の寂しさなどとうに忘れていた。それどころか鼻歌まで口ずさんでしまうほど楽しんでいたというのに。

何故お前が気付かない、という意味を込めてバカなんて言ったけれど、つられたにせよ"ご機嫌"はなかったなと自分の言葉を恥じた。愛しい人の手に繋がれて、面と向かって素直に自分の気持ちをさらけ出したのが急に恥ずかしくなったのだ。
予想外の答えに驚きつつ嬉しそうに笑う銀時を前にみるみる顔が熱くなる。高杉はそれを見られまいと、とっさに例のお面をサッと頭からズリ降ろした。


「え?ちょ、…ぶっ」


突然のことに驚いて吹き出した銀時の脛を思い切り蹴ってやる。高杉なりの照れ隠しのつもりだがそれに気が付くほど銀時は冷静ではなかった。ツッコミ所がありすぎるのだ。


「何しやがんだコノヤロー!…ぶはっ」

「笑ってんじゃねェ!」

「んじゃソレ外せよ!」

「いやだ!」


突然言い争うお面の男と銀髪の男。周りからすれば面を被った高杉は案の定、だだをこねる子供のようだった。
「あ、ひょっとこ!」と高杉を見て声を上げるホンモノの子供たちはすぐに親によって連れ去られて行く。見ちゃいけません!的なアレである。

高杉はたまらなくなって後ろにいたはずの山崎を探すがその姿はない。どうやら土方だけを残してどこかに行ってしまったらしい。ますます不機嫌になる感情は隠されることもなく全て、焦ったようにこちらに近付く土方に注がれた。高杉は思い切り土方を睨み付けるが、お面のせいで気付かれることはなくそれは無意味に終わる。もう何に腹を立てているのかさえ自分でも分からなくなっていた。


「オメェら何喧嘩してんだっ」

「いや、高杉がいきなり俺の脛をだな!」

「つか何だよその格好」

「そうそう何でひょっとこ…ぶふっ……ちょ、晋ちゃん石投げんのやめて!銀さんが悪かったから!」

「銀時のアホ!」


唯一の救いである幼馴染みで大親友の山崎は見当たらないし、恋人の銀時には怒りながら笑われるしいろんな感情が一気に溢れて出て何がなんだか分からない。とりあえず、自分が悪いと自ら認めた銀時がやはり一番悪いんだということにしておく。

ふと。自分でも理不尽だと思うこの横暴な性格に呆れないでずっと側にいてくれるのは彼しかいないのだと、そのとき何となく再確認した。そうしたら何だか落ち着いてきて、必死に宥めようとする銀時の浴衣の袖を掴んだのと同時に視界の端に山崎が映った。

彼はかき氷のカップを捨てに行っていたのだ。そしてその第一声が「ひょっとこ…?」である。

まだ花火の音が耳に残る夏の祭りの後のこと。
シンとした辺りに一際響いて聞こえた何とも間抜けなその声と顔が忘れられない。

彼の利き手に目を見やれば真っ赤な金魚が一匹、主人の問いかけに返事をするようにちろりと回った。