窓際一番前に座る高杉君は絵に描いたような優等生だ。俺みたいに授業中ダラダラお喋りなんてしないし、ポカポカ陽気の昼下がりに教師を無視して夢の中、なんてことだってない。至って真面目に授業を受けているので、もちろん成績は優秀だしスポーツだって万能で、オマケに顔も良い。まだ直接話した事はないけれどたまに見掛けるその物腰柔らかな接し方から密かに女子に大人気だ。しかし高杉君は内気な性格なのか、特定の誰かと連むわけでもなく一人でいることが多い。とにかく物静かで真面目。それが、俺から見た昨日までの高杉君の印象だった。





「おい、テメェ。…見たな?」


目の前で思い切りガンを飛ばす高杉君はかなり恐い。それは紛れもなく俺に向かっているもので、蛇に睨まれた蛙のように身体が動かなかった。そもそもこの悪人面の男は本当に彼なのだろうか?少なくとも俺の知っている優しそうな高杉君とは別人だった。しかし確かに俺は見たのだ。放課後の教室で、隻眼の彼が銀髪の国語教師とキスをしているところを。見てしまったのだ。


「あーあ、バレちゃったねぇ」

「バレちゃったじゃねェよ。テメェのせいだろうが糞天パ」


え、ええええ。

俺はこの教師と高杉君の禁断の関係、よりも彼の口から次々に紡ぎ出される乱暴な言葉使いに驚きを隠せない。"俺の知ってる高杉君"なんて思い上がりもいいとこで、俺を含めクラスの連中(少なくとも彼を優しくて爽やかだと騒ぐ女子)は、高杉君のことを何も知らなかったのだ。


「つーかお前、」


男同士の先生と生徒、さらにはそれがあの高杉君だなんて誰もが驚くことだろう。しかし俺はそっちに関しては意外と冷静だったりする。そりゃ吃驚したけど、そうか、と思わず納得してしまえる程高杉君には妙に色気じみたところがある。それよりもこの荒々しい態度の方が気にかかって仕方がない。


「おいコラ聞いてんのか」

「えっ?俺!?」

「他に誰が居んだよ」


ほら、このチンピラみたいな喋り方。俺の高杉君へのイメージがことごとく崩れ落ちていく。


「こらこら晋ちゃん、この子びびっちゃってるじゃん」


ごめんね?なんて先生は俺を気遣っているのか知らないが、笑顔は此方に向けてしかしその手は高杉君の頭をよしよしと撫でている。
なんだか腹が立ってきた。忘れ物なんて取りに来るんじゃなかった今すぐ帰りたい。


「で、キミ名前は…」

「山崎です」

「そうそう山崎君。このことは内緒にしてて貰えるかな?」

「へ?…あ、は、い大丈夫です」


自分でも何が大丈夫なのか分からないが別に二人の関係について口外する気はなかった。というか"このこと"とはキスをしていたことを含め二人がそういう関係であることを指すのだろうか。そもそもこの人達って付き合ってるのか…?


「お、お二人は付き合ってるんですか?」

「うん」

「いや」


坂田先生の肯定とは裏腹に高杉君はキッパリとその事実を否定した。ちょっと先生可哀想…などと思っているとすぐさま抗議の声が上がる。


「ちょっと晋ちゃん!俺は遊びだったの!?」


どこかの恋愛ドラマで聞いたようなセリフで先生が高杉君に迫り、あっという間に言い争いに発展した。余計な質問をぶつけてしまった自分に後悔する。
しかし話を聞くと高杉君には考えがあったようで、キスはバレてしまったので仕方がないがせめて付き合っていることは隠しておきたかったらしい。ああ、そんなに大声で作戦を言うから全部バレちゃってるよ。
それより俺はあまり高杉君に信用されてないんだと思うと少し悲しい。


「俺、絶対誰にも言わないよ?」

「チッ。まあ、コイツがクビになるだけだけど」

「それだけはマジ勘弁!晋ちゃんに会えなくなったら俺死んじゃう」


あっそ。
もういい加減本当に帰りたくなってきた。というかさっきから先生と高杉君の温度差が激しいというか…彼は度が過ぎたツンデレなんだろうか。何にしてもこの甘い(?)空気から早く解放されたい。


「あの、俺もう帰りますんで。じゃ」

「あっ山崎、チクったら期末テスト0点にするからな!くれぐれも注意するように」


お前こそ軽率な行動に注意しろよ。と言ってやりたかったがそこはぐっと堪え逃げるように教室から出た。









次の朝、いつもの交差点。ぞろぞろと登校途中の学生に混じって信号を待つ。昨日から俺の頭を支配しているのはもちろん高杉君で。先生に向ける艶っほい眼差しとか、俺を睨む鋭い目つきとか。あの一時だけで今まで知らなかった彼のいろんな表情を見た気がする。何だかそれは俺だけが知る特別な秘め事のようで胸のあたりがぞわりとした。まあ俺なんて、教師と生徒の恋物語に出てくるただの第三者に過ぎないのだけれど。
そんなことを考えていると不意に後ろから肩をトンと叩かれた。振り返ると今まさに俺の脳みそから抜け出たんじゃないかと疑いたくなるくらいに、高杉君くんがニヤリと笑っている。それはもう美しく、恐ろしい程に。


「よう山崎」

「た、高杉君、おはよう…」


信号が青に変わり自動的に一緒になって歩く。何を言われるのか、昨日のヤンキーみたいな彼を思い出し俺は凄まじい緊張感に包まれた。


「昨日は悪かったな」

「え?」

「いや、お前も吃驚したよな。あんなもん見ちまって」


ふと夕日の差し込む放課後が脳裏に蘇る。吃驚、というより見惚れていたんだと思う。あのドラマのような、先生と同級生のキスシーンに。しかしまさか謝られるなんて、昨日の高杉君を想像するとそれは意外だった。やっぱり彼は優しい人なのかもと思いつつ、俺はそんなにびびっていたんだろうか。何だか笑えてきた。


「そんなことないよ!全然!」

「お、おう」


どこか恥ずかしそうにする高杉君はちょっぴり可愛かった。それから坂田先生のこととか、たくさん話をして少し仲良くなった気分。話によると今の高杉君が素の状態で、どうやらクラスで優等生を演じているのは坂田先生の意向らしい。もし学校に関係がバレてしまった場合、せめて優秀な生徒であった方がいろいろと融通がきくんじゃないかという理由だそうだ。お互いに相手を思いやっているというのがひしひしと伝わってくる。先生は高杉君を守ろうとしているし、高杉君は日常の大半である学校で本当の自分を隠して生きている。しかし素が出てしまうのを恐れて友達も作らないなんて、そんなの辛くはないのか。だったら俺が友達になれば良いんじゃないか。なんて、救世主でも気取ったつもりかよ。


「高杉君、良かったら」

「つーわけで、今日からお前を監視する」

「………え?」


いやいやどういうわけだよ。得意げに、友達になろうなんて慣れないことを言うつもりだったのに。あんまりじゃないだろうか。


「チクられっとマズいからな。ビシバシいくぞ」


やっぱり俺って信用されてないんだ?とか、別に秘密を黙っていればいいだけなのにビシバシってどういうことなの、とか。言いたいことはいっぱいあるのに高杉君の企むような笑みに目が釘付けになってしまう。そんな場合じゃないんだけど。



「おーい山崎ィ」

「あ…沖田君、」

「じゃあ後で」


呼ばれた方を見ると沖田君と土方さんがこちらに向かってくるところで、高杉君はそれを確認し今度は人の良い笑顔で俺に一言残すとスタスタと行ってしまった。


「いつの間に優等生と仲良くなってんでィ」

「え?いやべつに…」

「あいつホント王子様系だよな」

「土方じゃ釣り合わねぇや」

「どういう意味だよ!」

「ははは…」


朝っぱらから"みんなの知ってる高杉君"について言い争う友人たちを尻目に、乾いた笑みがこぼれる。優等生の彼は実は口が悪くて色っぽくて、しかも国語の坂田先生とできちゃってる、なんて絶対信じてもらえないだろう。

俺は彼の言った"後で"に少しの興奮を覚えながら上がっていく太陽を見つめた。